011

「うおぉ。盛大だ」

「そーいや祭りの準備してたもんね。そっかぁ。暖冬祭か」

これから訪れる冬の厳しさが少しでも和らぐようにと火の神を奉る。街中に篝火が焚かれ活気に溢れている。賑やかな祭りだ。

「スクラグス、来てくれるのかしら」

騒がしい街中にぼんやりと視線を投げる。

「さぁな。この時期は何処も似た様な祭がある。火の神もそんなに暇じゃないだろ」

祭ごとに顔を出していては身体が足りない。

「うーん、人ごみは苦手だけど。まぁ一度は観光しとこうかな」

街を眺めていたKが呟く。

「そうね。城下の祭だけあって賑わいはハンパ無いけど、面白そう…よね」

aも控えめながら賛同を示した。

「おまえらは祭事とか好きそうなのにな」

「よく言われるー」

どう見たってお祭り女だ。

人込みは苦手で騒がしいのも好きではないが、切り替えてしまえば楽しめる。aはK程人込みが苦手というワケでもないので、比較的切り替えも早い。

4人を楽しもうと決めたのだ。そのタイミングで祭があったら、これは外せまい。

「てゆーか祭ってさ、シールいいの? なんか仕事ないの」

aが問う。

「別に。国主催の祭じゃないからな」

「そーなんだ」

そんな二人を余所に、屋台を指差してKがシールの裾をひく。

「あっ、シール! シール!! あれ食べたい!!」

屋台には焼き鳥に似た食べ物が並べられていた。鶏肉はKの大好物だ。キラキラと目を輝かせている。

「買って来い」

「買って」

被せる様にKが言う。

「…なんで俺が」

「おさいふ」

言い切るKにシールが言葉を失くしていると、aが納得の声を出した。

「あぁ…。シール、あたし達こっちのお金持ってないわ」

「…」

「わぁ。すっごい嫌な顔」

表情筋が貧困な癖に、嫌な顔を作るのは巧い。

「あ、シール? それダメ。お金の種別わかんないから」

財布から適当に抜き出して渡そうとするシールの先手を打つK。

シールはそのまま、抜き出したお金をグールに押し付けた。

「おお。よしグールちゃん、あれ買いに行こう♪」

「は? これで?」

何か言おうとしたグールの腕を取り、Kは屋台を目指す。

「おいちょ、…放せッ」

ずりずりとKに引っ張られてグールは人混に消えていった。

「あーあ。あれ、ちゃんと戻ってこれるかな?」

「さあな」

心配虚しく、二人は十数秒で戻ってきた。

「何かしょげてる」

二人の前まで来て、Kは項垂れたまま手を突き出した。

「シールちゃん…小銭頂戴…」

「だから待て言うたやん。屋台に釣銭ないんやて」

「…。シール、幾ら渡したのさ…」

確かに、屋台でデカい札を出せば嫌がられても仕方がない。

呆れ顔のaとグールに、シールはしれっと言い放つ。

「じゃあ諦めろ。小銭とか持ってない」

「うっそ! 信じらんない! 屋台廻らないで祭の何を楽しむと言うのか!」

騒ぎ始めたKに溜息を吐いて、グールがポケットに手を突っ込む。

「1、2、…ん」

何処か遠くを見ながら数を数える様に、Kが瞳を輝かせた。

「ちょお足らんけど、そこは両替代で貰っとくわ」

「きゃあー!! グールすてき、やった! よし行こう、リベンジ!」

再び、Kに腕を取られて二人は屋台へと駆け込んでいった。


「わぁa子! これおいしそうおいしそう!! グールちゃん、買って買って!!」

「…ぉぉぅ」

a子の手には3本の串。Kの手には何も無い。

「…まだ喰うの?」

「うん?」

aの手には、未だ食べきれぬ3本の串。Kの手には、何も無い。

「ていうか、あれ? …シールちゃんは?」

Kに釣られて振り返る。

「あら?」

シールの姿が、いつの間にかなくなっていた。

「あいつなら、疲れたから広間で待っとるって言うとったで」

「えー…」

引き返し、大通りの広場へ。噴水脇のベンチでふんぞり返る人影を発見した。

「…宰相サマ、お一人は危険よ?」

「あんな人混の中歩く方が危険だ」

不機嫌に言い放つ。

「あ。そう。精神が?」

「精神が」

つい、とa子は持て余していた串をシールに差し出した。

「はい。戦利品奉納」

「ああ」

「…」

之幸いと言わんばかりに荷を手放したa子を言葉浮かばず見つめてから、Kはシールの横へ腰を下ろした。

「そうだ。折角だから、フェニックス君達にも楽しんで貰おうかな」

今回の働きに対するボーナスだ。

人目を憚らず召喚した為暫しざわめきを生んだが、祭りの喧騒に紛れてすぐに消えていった。

「好きに遊んできていいよ」

ひらひらと手を振るが、マダムは遠慮がちな苦笑いで応えた。

「光栄ですが、マスター。是非ご一緒に」

対して驪はすぐにKに背を向けた。

「人間の祭とか興味ないよ。まあ丘でもぶらついてくる」

フェニックス君と長男は不満全開だ。

「おまえの世界ならいざ知らず、こっちで夜に召喚されても動けねぇよ」

「右に同じー」

Kの気遣いはあまりお気に召さなかったようだ。

「じゃあ、はい」

一呼吸してKは召喚獣達を順番に指さした。

「フェニックスズはシールのお守。黒龍ズは散歩へどーぞ。青龍ズはボク等と遊びに行こう」

「結局仕事かよ」

「本当文句しか言わないねアンタ達」

K達は再び人混へと消え、シールとフェニックス親子が残された。

「…」

「……」

双方やる気のない顔である。

「別に、還っていいぞ」

沈黙に耐えかねたのか、シールが言う。

「いや~、一応な。あんたに何かあったらKが煩そうだし」

「そうそう、一応ね。一応マスターの命令だし」

「あ、じゃあおまえ残ってればいいよな? 俺戻ろうかな」

「えええ! ふざけんなよ親父。俺コイツと残っても会話がねぇよ! 辛ぇよ!」

「…」

好き放題言われながらシールは二匹を観察する。

確かに中身は一緒のようだが、人型を取ったドレイクは軽薄さに拍車がかかって見える。これの背に乗って旅をした事が非常に感慨深い。

「おまえ、祭楽しんでこないの?」

「酔った」

フェニックス君の問いに一言で答える。

「人酔い? マスターより人酔いし易いとかどんだけだよ」

長男が大仰に驚いて見せると、フェニックス君がそれをバカにする。

「アイツはただの面倒臭がりだぜ。人酔いとかそんなんじゃねぇよ」

「ええ、そうなの?」

「そうそう。なあ、おまえあんなのの何がいいの?」

「…は?」

唐突な話題変換と、明後日を向いた質問にシールは素で驚いた。

「そうそうそう! 俺も思った。キトクだよなあんた」

「…」

言葉を返す気にもなれない。

騒がしい2匹に挟まれて、シールは目眩が酷くなった気がした。


「まあマスター! あっちはなんでしょう!」

「おお、なんか踊ってるね。楽しそうだね」

K達はマダムに引っ張られ、あちこち見回っていた。

「マダム、元気だな…」

aは思わず感心してしまう。

「俺もあいつと残りゃぁ良かった…」

一方、連れまわされるグールはぐったりしてきている。

「…」

「あれ?」

屋台の前にしゃがみ込んで動かなくなった青子に気付いてaも歩を止める。

「なにしてんの、青子?」

見ると、金魚掬いの様な出し物らしい小魚の泳ぐ水槽を覗き込んでいる。

「…」

表情が乏しいため解り難いが、そこはかとなく不満そうだ。

「青子、それ救えないよ」

「…そうか」

Kが後ろから声を掛けると、青子は諦めたように立ち上がる。

aは微妙な顔でKを見た。

「K、今の、掛けてたの?」

「あ、そういうわけでは」


「満足しました!」

艶々と言い切るマダムと息切れを起こしそうな3人は広場へ戻った。

「ただいま、シール。大丈夫だった?」

「延々と親子漫才を見せつけられた」

「…お、お疲れ」

それは大層疲れた事だろう。同情を禁じ得ない。

さておき、祭も盛り上がってきている様子。

「もうすぐ、花火が上がるぞ」

「あ、セフィの花火か」

いつか聞いた事がある。K達の知る花火とは違う、魔力の干渉光によるイルミネーション。

「見たい見たい」


夜空に繰り広げられる光の宴。

「うおぉおおお!」

スクラグスを祀るだけあって火系の演出が華々しい。

「ははぁ、こういうものなんだね。不思議な気分」

クラブとか、プラネタリウムとか、そんな感じだ。

「偶にコクマとかから花火師を招く事もあって、そういう時はもっと派手で盛り上がるんだがな」

既にかなり盛り上がってるように見えるが、これ以上という事か。

「へぇ、じゃあK行ってきたら?」

「何言ってんの?」

aの提案にKが半笑いで突っ込む。

「ああ、喜ばれるんじゃないか」

「うぇ? ああそう? うちのこ達のがスゴイとこ見せつけちゃう?」

「言ったな。よし、飛び入りだ」

シールが手を上げると、そんなに大声を張り上げたわけでもないのに人混みが拓ける。

「えええ! マジに!?」

Kの姿を認識した民衆が、カルキストカルキストと騒ぎ出す。

「…ぁああ、もうッ。いくよフェニックスズ!」

これはもう完全に引っ込みがつかず、花火師達の前へ歩み出る。

「じゃ、邪魔して申し訳ない。取り敢えず、見様見真似ですがやらせてみます!」

「やんの俺たちかよ!」

カルキストの飛び入りに大いに盛り上がった会場は、本物の火精達によるイルミネーションマジックに次第に静まり返っていく。

誰しもが見惚れ、歓声を上げるのを忘れるほどの出来栄えだった。

「はい、礼!」

Kの号令に倣って終了の礼を取ると、思い出したような爆発的な歓声が場を満たした。

そそくさと場を退散し、シールの元へ戻るK。

「流石親子。息ピッタリじゃない」

Kが褒めて見せるが、フェニックス君達はお怒りだ。

「花火なんか作ったの初めてだぜ。ったく、こんな事やらせんなよ」

「初めて? スゴイじゃん」

「属性が完全に炎の玄獣を嘗めないでくれる?」

aが褒めてもご機嫌がなおる兆しはない。

「いや、旦那なんか特にさ、こういう技巧的なもの苦手そうだし」

繊細な花火を作り出した事が意外だった。

「俺パワータイプじゃないからね? おまえなんか勘違いしてるとこあるけど。俺元々技巧タイプだからね?」

「え」

Kの本気の驚きに苛立って、フェニックス君はマダムを顎で指した。

「パワータイプはどっちかっていうとあっちのババアの方だからな」

「ほほほほほ、お頭の弱い鳥が。何故此方を見るのかしら?」

「おまえ以外に誰が居るんだ、この年増」

直後マダムは臨戦姿勢を取った。

「マスター、許可を」

「ダメダメ! 祭の最中にケンカしないで!」



花火も終わると、街は少しだけ静かになる。

広間に焚かれた火を眺めたりしている人も居るが、大半は酒場へと消えていく。

「酒か~」

Kの呟きを聞いて、aはシールの腕を取った。

「んじゃアタシたち先に戻ってるから。グール、Kのお守り宜しく」

「はっ?」

「やったぁ~!」

グールの伸ばした手は虚しく空を切る。

aとシールは『穴』へと消えた。


「おつかれー!」

「……おう」

諦めた表情で乾杯に応じるグール。

まさか二人で酒を飲む日が来るとは思ってもいなかった。

グビグビとKは一息でジョッキをひとつ空にする。

「おかわり!」

「おい、残金はそんなないからな」

「マジで。え、何杯くらいイケそう?」

ポケットを漁った感触だけで数えると、残金は凡そ5杯分。

「じゃ、3:2で」

そう言ってKは2杯目に口をつける。

黒ビールのようなそれは芳醇で甘味があった。

醸造酒、しかも炭酸飲料はあまり得意ではないが、蒸留酒は微妙に高値らしく今回は量を優先した。

「グールはホド住まいだっけ。あっちはワイン?」

フランスの片田舎のような光景が記憶にある。

「果実酒が多いな。けど、えらい臭い…なんやクスリみたいな酒もある」

「ウィスキー…? いいなぁ!」

他愛ない会話で酒を進め、互いに二杯目を飲みきった頃。Kはラストの三杯目をグールに差し出した。

「飲むなら譲ってやろう」

「なんやもう要らんの?」

「要らないなら飲む」

差し出されたジョッキを、少し迷ってから受け取った。

「…お疲れ」

労い、らしい。

「おう」


そうして、祭は終わった。


恐らく本人も理解していないが、Kがずっと「どうでもいい」と思っていたのは、感情の過負荷による思考放棄の所為だった。

何事もなく元に戻った今、安心して、安心して。


たったの2杯でベロベロに酔ったその後。

グールに支えられながら徒歩で城まで帰ってきたという。

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KのーとinS LS 炯斗 @mothkate

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