010

一度城に戻り、青年とシェレスキアをシールに引き渡した。ケセドとのやり取りは国の方で巧くやってくれるだろう。

グールは自室でぐっすり眠っている。

「さ…て。これでグールも戻ったし、国際問題に発展させずに済んだし。リューちゃんに大手を振って報告できるな」

「あんた…そんな理由で動いてたの?」

「そうだよ」

リュオウスがなんとかしろというからなんとかしたのだ。シール同様、Kもこの一連の件に関してどうでもいいと思っていたのだから。

「よう二人とも。ご苦労だったな」

「あ、オーサマ」

Kとaが駄弁っていたのは宰務室。

ヴァイスはまっすぐ進んで、当たり前のように執務机に腰掛けた。

「客人は休んでいるようだが、無事か?」

「うん。特に外傷もなく」

aにはくっきりとついたあの鬱血痕が気にならないらしい。白い首と手首にばっちり浮かぶ赤紫がいかがわしくて、Kは流石に気の毒に思ったが。少なくとも痕が消える迄家族の元へ送り届けるのは待ってあげようと思う程には。

「十三師団長はレルベリーダ女史の助けを借りたって?」

「あ、うん。眠鬼って凄いね。何でもありじゃん?」

知りたい事が知れる。秘密が通用しない。敵に回せば厄介で恐ろしい相手だろう。

「そうそう。だから通常眠鬼は俗世に干渉しないんだ。運が良かったな十三師団長」

「そうなんだ。らっきぃ」

しかし何故手を貸してくれたのか全く分からない。カナガワのお蔭だろうか。

「ヴァイス、機嫌いいね?」

事件解決でシールの危機も去り、当然と言えばそうだが。

aの質問にヴァイスは惜しみない笑みを湛えた。

「そりゃそうだ。ゾランアルド公に弱みも作れて万々歳だからな」

「あ。そっか」

玄獣乱獲にもグール誘拐にも、勿論殺人にも、公は関与していないらしい。だが事件を起こしたセルバネラ候はゾランアルド公の客だ。身内の不祥事はホストも責任を被る。今回最もとばっちりで痛手を受けたのはゾランアルド公という事になる。

それはともかく。

「オーサマ、シールちゃんが帰ってこないんだけど。あんまり酷使しないであげてよ?」

「従兄殿は仕事振るのが結構下手だよな。無理はしないようにいつも言ってはいるんだが」

彼の苦労の大半を誰の所為だと思っているのか。

「ま、いいや。グールの鬱血が治るまで居るからさ。シールちゃんの休暇を要請します」

「事後処理があるから完全には無理だな。善処はする」

ゆっくり遊びに来た筈が、随分と忙しくなってしまったものだ。

シールの時間も貰えるみたいだし、これからしっかりと4人の時間を楽しむ事にしよう。





蛇の夢を見た。

大きな砂漠に囲まれて、砂に飲み込まれてしまいそうなその国を、蛇はずっと見守っていた。

小さなオアシスに人が集まって、街が出来て、国になる。

その過程を、ずっと。

力ない小さな生き物が営む様を、本当に、長い間。


そのオアシスが国になる時、カラと呼ばれた人の王は、蛇に言った。


― 君は、ずっと僕等を見守っていてくれたんだね。

  これからもまだ、その心算があるのなら

  どうか、僕等のすぐ傍で

  僕と一緒にこの国を、護っていって貰えないだろうか。



そして蛇は、遠くから見守るだけだった国の中に入って、すぐ傍からその暮らしを護るようになった。

ずっと見ていたのに、驚きで溢れた日常だった。この小さな生き物は、不思議の塊だった。

人々は蛇を国家守護獣として祀り上げ、優しく接してくれた。


初代の王が斃れ、何代も見送って、人間の技術が進歩して、神の力を必要としなくなると…

人間たちは、神や蛇を見る事が出来なくなった。

やがて国は仕組みも変わって、「王」はこの国には居なくなった。

蛇の居場所はとうになかった。


―いつの間にか欲が出ていた


蛇は誰もが自分を素通りするその国の中央に立ち、人の流れをただ見ていた。



蛇は砂漠から国を見ていた。

蛇が護ると約束した国。

誰もが彼女の事を見れなくなっても、感じられなくなっても、それは人間たちの営みの結果で、証だ。

もう庇護者はいらないと。あのか弱い生き物は、自分達だけで生きていけるのだと。



最後の契約者にあってから、もう何年経っただろう。

空には機械の塊が浮かび、広がった砂漠に無機質な街が広がっていく。

少しずつ、時には驚くべきスピードで変化していく彼らの営みを、ああ。もう少し―見ていたかった。



蛇の夢は其処で潰える。


砂漠に散った黄緑色の燐光は、解析不明な現象としてケセドのデータベースに残っている。

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