009
夕刻過ぎ、作戦開始。
ダークと共に店の外で待っていると、結構な轟音が響き、悲鳴が漏れ聞こえて来た。
計画通り突入を開始する。
押し入った先には随分な惨状が広がっていた。
突入の痕とかではなく、元々の状態の事だ。
「うっわ」
捕えられた玄獣。
非合法の扱いというものをちゃんと想像してはいなかった。こういう事かと見せつけられて、暴れまわる玄獣をいなす気概が少し萎えた。
「ま、仕方ない。えーと、ジズフさーん」
思った以上に自我を失った玄獣達の始末に困り、大口を叩いた割には神任せだ。
「こりゃまた、随分人間らしい空間だな」
「…そうね。同意するわ。だから気の毒なこの子達を還してあげて」
「―――」
彼らに同情を禁じ得ないのか、思った以上に素直に神力を行使するジズフ。
空間が震え、波が引く様にこの場に居た玄獣達は居なくなった。
玄獣の世界であるダァトを管理する者による強制送還だ。
ジズフは玄獣達と共に何も言わず消えてしまった。
「ま、これで頼まれ事は済ませたワケだ」
一息ついて状況を観察する。
一網打尽ってこういう事だなと思わせる見事な手際で事は終息した。
「よっと。オーサマー。終わったー?」
瓦礫や残骸、倒れ伏す人々を避けながらヴァイスの元へ向かう。
「ん? ああ、十三師団長か。協力感謝する。おかげで随分楽だったぜ」
「そりゃ良かった。―…あれ」
オーサマの傍に儚げな少女が居る。夢で見た。これがシェレスキア…ケセドの国家守護獣。
「ジズフの強制送還蹴ったのか…流石…」
頼りなさげな外見からは想像もつかないが、その実力は他の玄獣とは比較にならないもののようだ。
ヴァイスは足元の何かを蹴飛ばしながら、Kに目を遣った。
「じゃ、今からコイツのマスターを見に行くか」
「うん」
ヴァイスが蹴飛ばしたのは気を失ったセルバネラ候だった。
セルバネラ候は完全に伸びていたので、グールの元まではシェレスキアに案内して貰った。
場所はゾランアルド公邸地下。居合わせたaと合流して地下室へ向かう。
「………。…これは…」
「…ぁ…? …なんや、おまえらか…」
果たして、グールはそこに居た。
しかし檻の中で鎖につながれた姿は、見た者をなかなか形容し難い気持ちにさせてくれる。
「…いや、これ…改めて客観的に見ると、マジでエロいな」
言葉を失くすaと気まずい顔で観察するKの隣を抜けて、シェレスキアがグールに駆け寄る。
「マスター、大丈夫?」
グールは檻に張り付くシェレスキアに少しだけ視線をやるが、すぐに逸らしてaを見た。
「…早出してくれ」
「あ、うん!」
慌ててaが檻を開く。Kが鎖の鍵を見つけて、aに投げて遣す。
「しっかし、よく攫われる男だね。ヒロインって言うのは、10代の女の子って決まってんだよ?」
「知らんわ。…でもお蔭で助かった。礼は言うとく」
解放された首や両手を擦りながら、のったりと檻を出る。
シェレスキアはいつの間にやらグールにべったりと張り付いていた。グールは引き剥がそうと頭を鷲掴んで押し退けるが、シェレスキアは全く離れそうにない。
「マスター…」
「だぁ、離れぇ!」
言われて、逆にぎゅっとくっつくシェレスキア。
ここまで酷くないと信じているが、Kはこれに似た図を思い出し小さく呟いた。
「マダムも傍から見るとこんなんなのかな」
だとしたら結構イタイ。注意しておこう。
「それでグール、その子どうするつもり? 見た目かなり犯罪的だけど」
aもガン引きしている。
「どうって…なんで懐かれたんかサッパリ解らんし」
どうしたらいいのかなんて解るワケがない。
「解り易く言うと、グールの選択肢は2つだね」
Kに視線が集まる。
「シェレの正式なマスターになって、ケセドに移り住むか。シェレの正式なマスターを見つけて、譲渡するか」
「譲渡」
即答だった。
シェレスキアは不安と不服の籠った瞳でグールを見ている。
答が解っていたのだろう。Kは顎を上げて笑みを作った。
「じゃ、グールちゃん。貸し2つね」
そしてそのまま何処かへと転移した。
残されたa達は首を傾げ合う。
「どうするつもりなん?」
「いや、知らないよ。あたし何も聞いてないし」
ヴぉん。
再び『穴』が開いて、Kが戻ってきた。後に見知らぬ青年を連れて。
「おまたせー」
「え? それ誰―」
aが言い終わらぬ内に、青年はがばっとグールに飛びついた。
「!!?」
「セナ!! お久しぶりです!」
飛び付かれた方は完全に固まっている。
aは彼らを指して口をパクパクさせている。
「忘れた? ケセドのほら、グール大好きな元少年」
「え、………ぁあ~…」
一所懸命頭を捻って、なんとか思い出したようだ。
13年経って立派な青年になっている為、解らないのも無理はない。
「だ、誰やて?」
ぐっと青年を引き剥がして、グールは漸く彼を視界に収める。
「はい。僕は正当なシェレスキアのマスター候補です」
「!」
「どういう事?」
aがKを振り返る。
「ん? ウチも忘れてたんだけどさ」
今日、作戦遂行までの間、Kはシールと今回の事件について考えていた。
何故シェレスキアはグールをマスターに選んだのか。
それが今回の要点だ。
国家守護獣というものはその名の通り、国家を守護する玄獣だ。嘗てカラと契約を交わした故国を守ってる。
しかし「国家」などという曖昧なものとは正しく契約できない。創国の始祖の血筋で、血の濃い個体が代理の契約主に選ばれるのだそうだ。
もしその血筋が途切れてしまえば。
契約が未だ続行なのに、契約主が居ないから力が弱り暴走する。
シェレスキアの主は途絶えて長い。主人の居ないまま契約を履行し続けたシェレスキアは今にも消えそうなほど弱りきり、人間に捕えられた。しかし偶然か必然か。シェレスキアは乱獲に逢い連れて来られたこの土地で、カラの血を継ぐグールを見つけたのだ。
だがつまり、ケセドのカラの血を継ぐ人間が見つかればグールにこだわる必要はない。そしてできれば、ケセド在住の人間である方がいい。
その都合がいい代役をK達は知っていたのだ。
『月の子供』。遠くにカラの血を継ぐ、正当な血統の人間を。
Kは記憶を頼りに彼の家へ転移した。幸運にも彼は未だそこに住んでいて運良く逢う事が出来たのだ。
「あぁ、そうか…」
説明を受けてaが納得の声を出す。
グールは未だにイマイチ思い出せない顔をしているが、青年はすっとシェレスキアの前に進み出た。
「…マスター?」
不安そうなシェレスキアに微笑みかける。
「僕はカラの血を受け継いでる。君が主を望むなら、僕にはそれに応える意思と力が在る」
頼もしい口説き文句を受けてなお、シェレスキアはグールと青年を見比べて青年の手を取ろうとしない。
「力で言えば…セナには遠く及ばないかもしれない。けれど、どうかな? 一緒にケセドの地へ戻ろう?」
青年は辛抱強く、シェレスキアと目線を合わせたまま微笑んでいる。
やがて、シェレスキアは小さく頷いた。
聞き取れない発声。
契約を告げる言葉と共に、淡い光がゆっくりとシェレスキアを包む。背に広がった傷だらけの翼が、燐光を纏い美しく修復されていく。
現れたのは淡黄緑に輝く雄大な翼蛇。
翼蛇はふわりと青年の周りを舞い、大気に溶けるようにして姿を消した。
「あれ?」
「大丈夫です。シェレスキアと僕の契約は完了しました。彼女は今、内にいます」
一安心して息を吐く。
見ると、一番ほっとしているのはグールのようだ。
そのままふらっと倒れ込んだ。
「げ、グール!? 大丈夫!?」
「あら…結構消耗激しかったのね。a子、連れてってあげて。城に戻ろう」
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