004
「やっほうシール、何か情報増えた?」
「新しいものはない。ただ、城内の様子がどっか妙だな」
そりゃあ城内で惨殺死体が発見されたのだ。浮き足立つのは仕方があるまい。
「いや、そういうんじゃなくてだな…。まあそれも関係してるんだろうが」
「ふーん…」
女中さん達が隠し事をしている所為かも知れない。秘密にしておく約束なので、城の管理責任者さまであるシールには申し訳ないがここは流す事にする。
「フェニックス君達は収穫なしだったみたいだけど、青龍ちゃん達はどうだった?」
aはふるふると首を振る。
「見つかってないし、手掛かりもないって」
「じゃあ今までの処を整理しよう。それぞれ何か追加項目があれば随時教えて下さい。まず、事件があったのは」
Kがシールに振る。シールは少し面倒臭そうな顔でそれに応える。
「一昨日の夜から昨日未明。使用人が賓客棟一階の廊下が血に染まっているのを発見。通報があった」
「うん。現場の状況は?」
「廊下一面、床と言わず壁と言わず、天井に及ぶまで肉片が飛び散っていた。床にはぎりぎり人体の形を留めた遺体が放置され、食い千切られた様な痕があった」
aが壮絶に顔を顰める。
「で、被害者の身元は」
「検死の結果、昨日の朝から行方知れずになっていた使用人と判明。グールの部屋係だったようだな」
「グールの…?」
aがヤバい、という顔をする。
Kは構わずシールに先を促した。
「時を同じくしてグールが失踪。犯人という見方が強まっている。更に言えば、現場から灰褐色の毛髪が検出された。今の処、動物や人間のサンプルとは一致していないらしい」
追い打ちを受けて益々aに焦燥が浮かぶ。
「探し出しちゃって大丈夫かなって感じだよね」
Kが茶化して思い切りaに睨まれる。
「もう放っておいてもいいんじゃねーか」
Kに全面同意らしく、シールはなげやりだ。
「シールが言うなら本気で従っちゃいますよ。でもね、一つ仕入があります」
「え!?」
aの喰いつき様に若干身を引きながら、Kはシルエッタの様子について話した。
「大収穫じゃん!」
「うん。とりあえず詳しい事は満天ちゃんと話し合おうと思って」
監視カメラの結果や声紋照合など、満天の協力が必須の作業が沢山ある。
それを受けて、シールは更に嫌な顔をした。
「昼間っから堂々と城内を闊歩しているとなれば、ある程度絞れる筈だ。城にはそれなりのセキュリティがある。グールが犯人じゃないんなら、だが。外部犯という事は考え難い」
そりゃあそうだ。外部の人間が犯行を犯す為に城内に侵入するのは結構難しい。だからグールが簡単に疑われたという事もある。
シールの発言以降、aはシールに冷めた視線を送っている。
「今になってそれを言い出すって事は、シール、殆んどグールがやったと見てたんだな?」
「それが一番簡単だからな」
しれっと言ってのける。
Kは呆れて笑うだけだが、流石にaは怒っているようだ。
「さっきだって新しい情報ないとか言ってたけど、聞いた事ない話多かったし」
「そうだったか?」
確かに、Kも知ってはいたがシールからは聞いていなかった事ばかりだった。
「宰相さん、ひょっとしなくてもウチよりやる気ないな…」
「だから、俺はどうでもいいんだよ」
成程。事件の捜査をしようと思ったらシールじゃ当てにならない。ある意味一番の収穫がそれか。
「了解。心に留めときます」
夕食後、ちょっとした胃休めに展望の間へ登った。
どうやら先客が居たようだ。見知った長身が闇に融けるように立っている。
「なにしてんの。オーサマ」
「十三師団長か。今日は何か収穫はあったか?」
「まあまあだね。グールの行方は知れないけど」
少し迷って、やっぱり訊いてみる事にした。
「オーサマ。この城、何か玄獣の類が棲んでる?」
「獣の声が聞こえるっていうアレか?」
「そうそう。なんだ、知ってんじゃん」
「そりゃな。俺の城だし」
きっと女中さん達が必死で隠蔽してる事も知ってるのだろう。
「じゃあなんで放置?」
王の顔には余裕の笑み。
「実は青い内に摘んでも美味くないからな」
「泳がせてんのか」
「十三師団長はその獣が犯人だったらいいな~とか思ってるんだろうが、あれは違うぞ」
流石オーサマというか、この人は本当に、一体何処まで見通しているのだろう。
「オーサマは何が居るのか知ってるって事だね」
「城内の事は放っておけ。客人は城内には居ないよ」
王はヒラヒラと手を振って言う。
「………。オーサマは嘘は吐かないけど…巧妙だからなぁ」
信用は出来ないが信頼すれば楽だ。とりあえずは従っておく事にしよう。
さて寝る前にと、ティールームに顔を出す。と。
「あれ? 満天さん?」
「あ、こんばんわ」
探しまくった彼の人は、こんなところでお茶を飲んでいた。
「うん。こんばんわ。こんな遅くまで、お仕事ですか?」
満天がKにもお茶を淹れてくれたので近くに腰を下ろす。
「まあね。趣味みたいなものだから苦ではないんだけど」
笑う顔には少し疲れが見て取れる。
「なんか出た?」
「うん、そうだね。体毛に関しては不明なまま。力の方はやけに煌力に近いものだったよ」
「はぃ?」
今更だが、『力』というものはサンプリングできるのか。
それに煌力に近いというのが気になる。グールが操るのは玄力だし、人間が使えるのは大方神力だ。
「あの力からして、ツェク・マーナや人間以外の何かが居たんだと思う。それが何かは解らないけど」
「…ふむ。それにも関連するんだけどさ、気付いた事があるんだよ」
「なに?」
それを聞きたいが為に夕刻までの時間を無駄にしたのだ。
「城内の監視システム。働いてなかったの?」
「ああ…あれね」
ケテル城内には満天お手製の監視カメラが配備されている。それには何も映っていなかったのか。その辺りの話を一切聞いていなかった。
「実は事件のあった日のその時間帯、賓客棟の見回りカメラはメンテ中だったんだ」
「メンテ?」
「そう。夕方くらいから他の奴も順次ね。なんか調子悪くて」
「…えー…」
いくらなんでもあんまりなタイミングではなかろうか。メンテするにしても交代制にしてほしい。一斉に休止させては意味を為すまい。
「強い煌力に中てられたみたいな変な故障でさ。でも今になって思えば、現場の残留煌力…つまり、犯人の所為って事かな」
「あ、成程ね」
それには納得して、ポケットからレコーダーを取り出す。
「あともう一つ。満天ちゃん、音声データから個人特定できたりしない?」
「多分無理だと思う。どうしたの?」
「いや、昼間グールの部屋に誰か来てさ…。これ」
Kはシルエッタから抽出した音声データを再生して見せた。
『―おまえは―、誰だ―』
「…成程。とすると、犯人は人間の言語を操るわけだ」
「若しくは、人間が玄獣みたいなのを連れてるのかも」
この声が人間のものか、煌力を残していった何者かのものなのか、その辺りは解らない。
ただ通常にはあり得ない「カルキスト以外が玄獣を連れている」可能性が、現在なら有り得るのだ。
「人間じゃないかもって事になると益々分析は難しいか」
「だね。まあ声紋見てみる事くらいは出来るけど」
「ま、一応コピー渡しとくよ」
「了解。全く期待しないでね」
「うん、解ってる…。あー、唯一良かった事?と言えば…」
「うん。恐らくグールさんは巻き込まれただけだろうね」
可能性は無限大で、断言は出来ないけれど。
「そういう事にしてもいいよね、コレは」
自室に戻ると、ベッドに貝空が腰かけていた。
「おや、貝空どうしたの。また勝手に出て来て」
隣に腰を下ろす。
「髪梳いてあげようか」
Kは返事を待たずに柘植櫛を召喚し、綺麗な紫の長髪を手に取った。
「………」
貝空は抵抗する事なく主の好きにさせている。
「わんこのブラッシングに精を出す飼主バカが、ちょっと理解できる」
軽く失礼な台詞を吐いて、ケアの必要性も無いような綺麗な髪を櫛で撫でていく。
「頭触られるのって気持ちよくない?」
「さぁ。…まぁ、不快じゃない」
「へへ」
貝空の髪を弄るのはKのちょっとした趣味である。普段している三つ編みもKの手によるものだ。お団子を結おうがリボンで飾ろうが本人は全く頓着しないのでやりたい放題である。
「ね、気になったんだけどさ。玄獣、乱獲にあってるんだよね? そうすると、今日みたいに皆に手伝って貰うのは控えた方がいいのかな」
調査に出した召喚獣達がその乱獲に巻き込まれては敵わない。
「そうだな。連中がどうやって玄獣を捕らえているのか解らんが、だからこそ警戒はするべきだ」
「うん。まあ、驪とか貝空は心配してないんだけど。それでも、玄獣が人間如きに捕まるなんて妙だよね。どうやってるんだろう」
「人間には集団という力がある。昔から、弱い玄獣は捕まる事はあった。なりたての奴とか、消えかけの奴とか」
「そうなんだ?」
「ああ。だが、全盛期の玄獣が捕まる事は滅多になかったんだがな」
「ふーん…」
それは誰の記憶か。訊くのはやめた。
「まぁ、いっそ囮捜査的な感じでいいかも?」
「おまえの目的はグールとやらの捜索じゃなかったか」
「あ。そうだったね」
正直グール探しよりも乱獲団体の殲滅の方が面白そうだ。
「はい、おしまい」
櫛をしまって貝空の背を軽く叩く。
「満足したか?」
「うん。貝空髪綺麗よね。羨ましい」
自分の跳ねた髪を捕まえて貝空の髪と見比べる。
白髪交じりの橙の髪は元気ではあるがキレイとは言い難い。
「髪は力の表れだからな」
「お。自分は強い、と言い切ったのかな」
からかい交じりにそう言うと、
「俺は強くないか?」
本気で不思議そうに返された。
「反則的に強いです」
だろ、とばかりの貝空を押し倒して、Kはベッドに顔を埋めた。
「おい?」
「自慢の召喚獣だから放したくなくなった」
「それは光栄だな」
「…寝る」
「はいはい」
呈の良い抱き枕にされたまま、貝空は文句も言わずに瞼を閉じた。
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