003

レルベリーダ女史を見送って、宰務室にはシールとKが残される。

「シール、禁書借りパクしてたの?」

「するか」

然も心外といった返事だが、現にわざわざ司書さんが訪ねてきているのだ。

それを指摘すると、

「禁書ってのは、そもそも持ち出し禁止なんだ」

「え、だって先程… ………」

言ってる途中で気付いてしまった。

「その時は丁度彼女が留守だったんでな。次管理官に許可を貰った」

「可哀想次管理官!!」

権力で押し切ったに違いない。

許可を貰ったというか…言い捨ててきたんだろう、きっと。

「シールちゃん、意外に未だヤンチャ坊だね…」

「で、おまえは何しに来たんだ?」

「あ、そうそう。何か新しい情報来てない?」

カナガワのインパクトで全て忘れる処だった。

「新しいものはないな」

「ちぇ。そっか」

一息吐いてこの後の行動を考えていると、

「…悪いな」

「え? 何が?」

突然の謝罪に驚いて振り返る。

「面倒に巻き込んだ。遊びに来たんだろ」

「あー、うん。まあそうなんだけど別にシールの所為じゃないし」

カシカシと首筋を掻きながら視線を逸らす。

「グールが悪い。うん」

結論に至って力強く一つ頷く。

「じゃ、報告と整理は夕飯時に。もう少しぶらついてくるわ」

「ああ。程々にな」


「ようシルエッタ、変わりない?」

グールの部屋には、きょろきょろと不審気に辺りを見回すシルエッタがひとり。

Kに気が付くと首を傾げてベッドに腰掛けた。

「なにかあった?」

尋ねると、また小さく首を傾げてから肯いた。

Kの眉根が寄る。

「…誰か来た?」

返る動作は肯。

「知ってる人?」

考えるようにしてから、否。

「何か言ってた?」

シルエッタは暫くKを見つめた後、口を開いた。

「『―誰だ、おまえ―』」

「男か…聞いた事ない声…だと思う…」

シルエッタから発せられたのは馴染みの無い男の声。録音の様な物でシルエッタが喋っているわけではない。

「誰だ、か…」

そう尋ねるという事は、グールの不在を知る者…どころか、『グールが此処にいる筈無い』事を確信している者、という事だ。

普通は『戻ってきたのか』等と思うものだろう。

「これは、収穫だな」

しかし残念ながらシルエッタから採取できるのは音声データのみだ。姿までは確定できない。

「満天ちゃん、城内の人の音声データをサンプリングとかしてないかな」

まあ逢ったら訊いてみよう。それから、次があるかも知れないし監視カメラでも付けておこうか。満天ちゃんの城内監視システムは客室内までは及ばない。

「………って」

どうして気付かなかったのか。

監視システム!

どうやら、満天を捕まえる必要があるようだ。


満天を探して城内をうろついていると、展望の間でレルベリーダ女史を見つけた。

熱心に外を見つめている―…いや、何を見ている訳でもないようだ。

「何か考え事ですか?」

後から声を掛けたが、女史は驚く事なく振り返って微笑んだ。

「ええ。此処は、良い場所ですね」

「考え事にはうってつけですよ」

自然と女史の横に立ち、街並みを見下ろす。

もう少ししたら陽も暮れ始めそうだ。

「Kさん。探し物、お手伝いしましょうか」

「はい?」

女史の唐突な提案に思わず目を合わせてしまい、慌てて逸らした。

「探し物があるのでしょう? 宜しければお手伝いしますよ」

なんとも不思議な人だ。

事件の事を聞いたのだろうか。盛んに噂されているようだし、城内を少し歩けば大体の処が察せられてしまうのかも知れない。

何故手伝ってくれる気なのか解らないが、今は人手は多い方がいい。

「それじゃあ、」

よろしくと挨拶しようとしたのか、概要を伝えようとしたのか。

「ええ。夢を繋いでおきます」

「はい?」

レルベリーダ女史はにっこり微笑んで、礼を取った。

「それでは、良い夢を」

Kが呆気にとられている間に退室してしまった。

「えー…と…」

引き留めようと浮かしかけていた手をじっと眺める。

…とりあえず、そう。満天を探しに戻ろう。


満天が見つけられないまま夕刻を迎えた。

とりあえず満天捜索は中断し、街に散った召喚獣達を呼び集める。

「皆お疲れ、帰っておいで~」

招集をかけると一斉にKの元へと帰還した。

「漸くかよ。なんも見つかんねーしさー。マジ疲れたー」

「いや、フェニックス君が疲れたんだとしたら本当に疲れてんのウチだから」

守護獣は使用者のエネルギーで行動する。彼ら自身が疲れる事などない筈なのだが。

「こっちも見つけられなかった。もう何でもいいから早く休もー」

長男が横から首を伸ばす。

「この親子はッ」

長男の方は本当に疲れているのかもしれない。かもしれないが、コイツが疲れるほど本気で仕事に打ち込んだとは決して思えない。

「あーもう、うるっさい。俺は人間というモノに衝撃受けて精神が磨耗してんの。そっとしておいてくれる?」

一体何があったのか、こちらは本当に疲れているらしい。驪は「収穫は無い」とだけ言い捨ててさっさと還ってしまった。

「俺達ももう還っていい? も~だりぃ~、かったりぃ~」

「あんた達は自由気ままに翼伸ばしてただけでしょ絶対! はいはい還った還った。お疲れサマ!」

文句ばかりのフェニックス親子も『穴』に還す。

「って、あら?」

何か足りない。

「片付いたか」

「あ、いた。皆還すまで待ってやがったな。恥ずかしがり屋さんめ。それともあれか、属性違いか。フェニックス君はL-Nだし黒龍共もD-Nだから、貝空がN-Cでも大丈夫だよ?」

「…なんの話だ」

「ともかく、貝空はなんか収穫あった?」

あったら既に報告が入っているだろうけど、と期待はせずに尋ねてみた。

「あの男の行方に関してなら無い」

限定的な否定に目を細める。

「ふむ…じゃあ、何を手にした?」

「最近、玄獣の乱獲が行われているらしい。関係は不明だが、同じ頃にケセドの守護獣も姿を消した」

「…守護獣ともあろう玄獣が、人間に捕まるの?」

「それは解らん。ただシェレスキアはもう随分弱っていた。可能性はある」

「ふぅん」

玄獣を狩って何をするのだろう。

仮にそれを飼う者が居るのなら―…

城内で聞こえるという獣の唸り声。喰い千切られた死体。

グールじゃないなら、何か…居るのかもしれない。「そういうもの」が。


廊下に差し込む夕陽に照らされてとぼとぼ歩くaを発見。襲撃をかける。

「りゃあっ」

「おーK。お疲れ」

いとも簡単に躱された挙句、何事もなかったような挨拶を喰らってしまった。

とはいえKもそれに慣れている。これといった反応もなく、当たり前のように隣に並んで歩き始めた。

「お疲れはそっちだね。なんだ、収穫ゼロ?」

「一切。全く。さっぱりと」

握り拳を震わせて、憤りを露わに俯く。

「この情報の無さは有り得ない。異常だ」

「そっか。まあご飯にしようぜ。シールからも報告きこう」

「うん」

夕飯の匂いも漂ってきている。

二人はそのまま食卓へと足を進めた。


何処からともなく、獣の咆哮が聞こえた気がした。

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