002

翌朝。

やる気満々のaに叩き起こされて、Kは欠伸を噛み殺しながら城下へ出ていた。

「見つかるかなぁ…」

伸びをしながら『穴』を開いて、グールと面識のある召喚獣を呼び出す。

即ち――青龍ちゃん、青子、フェニックス君、長男、驪、貝空の6匹だ。

イノクンは少々知性が足りないのでお留守番。

「なんかさぁこう、ぱっと見つけられない?」

流石に自作の召喚獣にそんな機能が付いていないのは承知の上なので、セフィロート出身の召喚獣達に呼びかけてみた。

「おまえなぁ…。そんな万能じゃねぇんだよ」

「そうですわね。何か『印』でもあれば別ですけど…少々、難しいですわね」

守護獣の否定を受けて、貝空と驪に目を向ける。

「無理だな」

貝空はにべもなく、驪も無言で肩を竦めた。

「足と目で探すしかないね」

aが溜息交じりに解散をかける。

「『印』…」

Kは「首輪さえ割れていなければ」と続けようとして、何とか思いとどまった。

別に責めるつもりは毛頭無いが、そう受け取られては面倒臭い。

aをそっと横目で見る。

気付いてもいないみたいだ。助かった。


「しかしまぁ、何処行ったのかねぇ」

意外と、本当に犯人なんじゃないの。

そんな事を考えながらKは当ても無く街を彷徨っていた。

効率を上げる為aとも別行動を取っている。

(怪我治りきってない癖に…。……何処かに隠れてるんだろうか?)

そうだ。何かに巻き込まれたのかも知れない。

例えば例の現場に居合わせたとかだ。

グールは強い割には必要以上に闘おうとしないタイプだから、怪我の事もあるしで真犯人から逃げ隠れているのかも知れない。

(何処か身を隠せそうな処………あるっけ)

暫く考えてみたが、そもそもゼクトゥーズの地図をよく知らなかった。

街はaと召喚獣達が探してくれている。

ならばとKは城に戻る事にした。


城門前。

「あ、しまった通行証…まぁいいか。門番さん、白っぽいツェク・マーナ見ませんでした?」

「十三師団長。お疲れ様です。城内で事件だそうですね。散々聞かれましたが、残念ながら」

その言葉にハタと思い至る。

「そっか。城内の捜査は、誰が?」

「近衛達ですよ。私に話を聴きに来られたのは第一師団長でした」

「ダークさんか。ありがとう、お疲れ様です」

礼をして門を通り抜ける――

「………?」

背後に嫌な視線を感じて振り返る。

門番は門外付近をマジメに監視中で、此方を見ていた様子はない。

「なんだ? …気の所為?」

Kは何だか気味の悪いものを感じながら、城内へ入っていった。


「えーっと、事件現場って何処って言ってたっけ」

きょろきょろしながら廊下をぶらついていると、満天を発見した。

「あ、満天さん。事件現場って何処?」

「事件現場? ああ、此処だよ」

「…此処?」

今まさにKが立っているこの場所は、グールの部屋の真ん前なワケだが。

「そっか…流石にもうキレイだね」

「うん。現場検証も終わってるし、あのままにしておくワケにはね」

現場はぐっちゃぐちゃだったと聞く。

1日経っているとはいえ、匂いも染みもないとは城の清掃係は優秀だ。

「なんか出た?」

「そうだね、回収物についてはまだ調査中なんだけど。白っぽい髪の毛と、何か解らない力の残滓があったよ」

不吉なワードにKが眉を顰める。

「白い毛?」

「うん。例えグールさんの物であっても、彼の部屋の前だしね。犯人を特定するものにはならないけど。もしも彼の物じゃなかったら…調査が必要だね」

それを聞いてKはふと首を傾げた。

「そういえば、被害者って?」

遺留品といえば、犯人の物である可能性ともう一つ…被害者の物である可能性もある。考え難いが、遺体はバラバラだったというし…。

「ああ、それは判明してる。使用人の一人でね、彼の部屋付きだった人だよ」

「え」

それでは益々グールが怪しくなってしまう。

「あ、ごめんねKさん。また何か解ったら教えるよ。行かなくちゃ」

「あ、うん。引き留めて申し訳ない」

満天が去った廊下に暫し留まる。

「―――…?」

やはり何処からか不気味な視線を感じる…気がする。

辺りを見回すが、怪しい人はいない。

やがて、そうしていても仕方ないとKはティールームへと足を向けた。


「あら、K様? お久しぶりですわね」

「おや、ねえさん。久しぶり」

ティールームでKを迎えてくれたのは顔馴染みの使用人さんだ。

「ねぇねぇ、何か楽しい話ある?」

よくこうやって情報を貰っている。

使用人のお姉さんは沈んだ顔で溜息を吐いた。

「最近は楽しくない話ばかりですわ」

「楽しくない話?」

「ええ。つい先日も同僚が亡くなるし、物騒な事ばかり!」

それを聞いてKの眼が少し細まる。

「………。他にもあるの?」

「最近、野良犬でも棲み付いたのか、何処からとも無く獣の唸り声みたいなのが聞こえてくるんですよ」

「ええぇ。城内でかぃ」

「庭に小鳥の死骸が落ちていたり、本当嫌になっちゃう」

野良犬。それは、犯人に成り得るだろうか。

いや。満天が遺体と現場状況を調べているのだ。獣の仕業だとすればもう暴かれているだろう。

「ねえさんソレ、上の人達知ってんのかな」

彼女は「とんでもない」と手を振った。

「流石に言えません、こんな事。知られる前になんとかしちゃって欲しいです」

「成程。おっけ、見つけたら追っ払っとく。サンキュ」

席を立とうとしたKに、彼女は悪戯に微笑んだ。

「K様、じきにフィルツェーン嬢がいらっしゃいますわよ?」

「えっ!」

ぴゃっと毛を逆立ててKが姿勢を正す。

「まじで?」

「ええ。もう暫しお待ちなさいな。いつも大体この頃ですわ」

しれっとKのカップにおかわりを注いで彼女は立ち去った。

Kはそわそわとお茶をすすりながら入口を覗う。

やがて彼女は現れた。

「げっ。オレンジ!」

「や~んリューちゃんっ」

入口から入れず身を引いた姿勢のまま固まっている彼女を自分が座っていた席までエスコートする。

先程の使用人のお姉さんがリュオウスの分のお茶を持って来てくれたのを見て、彼女も観念したようだ。盛大な溜息を吐いて席に着いた。

「聞いたわよ。あの人喰い、やらかしたそうね」

「おー、驚いた。知ってるんだ? オーサマが揉み消してると思った」

目を丸くするKに呆れた半眼を向けたまま、お茶に口を付ける。

「幾ら陛下でも、人の口に完璧に戸は立てられないわ」

「成程。真理だね」

「で、どうなのよ」

感嘆するKにそっと近付いて、抑えた声で尋ねる。

「いや、どう…と言われても」

グールは探し中だし、これといった進展はない。

リュオウスは溜息を吐いて距離を戻した。

「早く何とかしなさいよ。アーズの責任にされかねないわ!」

「そりゃそうだけど。ウチ等を恨むのはお門違いだよ? そもそも殺す筈だったグールを生かして連れ回したのはシールなんだからね」

自業自得だ、と伝えたかったのだが。

「まあっ。アーズったらお優しいのね!」

「そうきたか」

恋は盲目。Kの思いは伝わりそうにない。

「なんにしろ、貴方もアーズにはお世話になってるんだから解決に尽力なさい。これ以上ご迷惑をお掛けするなんて許せないわ!」

「あ~、出来る限りはやってみますとも。まあ、うん」

「やる気ないわね…。とにかく、しっかりして頂戴」

言うだけ言ってリュオウスは去って行った。

残されたKも、お茶を飲み干して立ち上がる。

宰務室に寄ってみよう。



「やほーシール、何か情報入っ…あれ」

宰務室には、シールの他に見た事のない女性が居た。

「失礼しました」

接客中だったら申し訳ないので退室しようと踵を返す。

「お待ちください。貴女にも是非お話を伺いたい」

凛とした綺麗な声に呼び止められた。

「はい?」

展開が解らな過ぎるのでシールに助けを求めてみる。

「…あー…お察しの通り、此方がカルキストです」

「…どうも。Kです」

次にKに向かって彼女を紹介してくれた。

「此方はレルベリーダ女史。ゼクトゥーズ図書館の管理人だ」

「はじめまして。ラングスティ・レルベリーダです」

胸に手を当て軽い礼を取る女史はスレンダーで背の高い美人さんだ。

美人を紹介して貰えるのは幸いだが、Kにはレルベリーダ女史の求める処がさっぱり解らない。

はじめましてと返して、本題に踏み込む。

「で、お話というのは?」

「ご紹介にもありました通り、私はゼクトゥーズ図書館の司書をやっております。先日アーズが禁書を一冊持ち出されましたので、お話を窺っていたのですよ」

「…はぁ」

そういえば先の事件の折、そんなような話を聞いたような聞かなかったような。

「残念ながらウチは珠の中だったので、その辺りの事は知りませんよ?」

「いえ、貴方に訊きたいのはその事ではありません」

レルベリーダ女史は少し言い辛そうにシールを見てから、切り出した。

「私的な…実に個人的な事なのですが…宜しいでしょうか」

「 ? 何でしょう」

個人的な事など、特に想像がつかない。

「貴方はマルクト・ターナだと伺っております。その…、カナガワケンというのは、どのような処なのでしょうか」

「   」

ぽかんと開いた口からは、何も出て来ない。頭の中も真っ白だ。

「カ、カナガワ??」

まさか女史からそんな単語を聞くとは思いもよらなかった。

突然の単語に吃驚するが、女史は此方の返答を真剣に待っている。

「…ヨコハマ? いや、申し訳ない。ウチも行った事はないのでよく解らないです」

行った事があったとしてもなんと説明したらいいのか。

「そうですか…」

その答えに女史は見るからに残念そうに微笑んだ。

「も、申し訳ない…」

謎の罪悪感に襲われ、思わず謝ってしまったKだった。

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