KのーとinS LS
炯斗
001
「退屈、です」
べったりと机に突っ伏したKから声が漏れた。
「ゆっくりしに来たんだろ?」
窓から吹き込む秋風に遊ぶ髪を押さえつつ、aは読んでいる本から目を離さない。
「そうだけどさー。遊びに来たんだよ、ウチは」
「名目はグールのお迎えだったと思うけど」
「だって、そのグールがいないしー」
此処はセフィロート・ケテルの黒紫城、シールの私室。
前回来訪時、城にグールを放置してきてしまったので、約束通り彼を家族の下に送り届ける為にやってきたのだ。
が、そのグールが部屋に居なかった。
何か問題が起きたとかでシールも仕事に専念しており構って貰えない。
そうして部屋に放置された二人は少々暇を持て余していた。
「あーぁ。別に今日中に送っていかなきゃいけない訳じゃないんだし、何処か遊びに行こうか」
暇に耐えかねてKが提案する。
「いいけど。もう夕方じゃん」
日が傾いて、外は秋に似つかわしいオレンジ色に染まっている。
「いいじゃん。景色綺麗そう」
Kが勢いよく椅子から立ち上がったその刹那、部屋の電話が鳴り響いた。
「ひぃッ。吃驚した…っ」
「内線? 取っていいのかな」
部屋の主は不在だ。
勝手に取っていいものか。
「ウチは取らない。電話キライ」
カリカリと頭を掻いて、コールが止むのを待つ。
aはKと電話に交互に目を遣って、やがて諦め受話器を上げた。
「はい?」
『居たか、俺だ』
名乗りもしないその声に、暫し考えてaが答える。
「シール?」
『ああ。悪いが至急グールを探してきてくれ』
「へ?」
電話の相手がシールと知って、Kも傍に寄ってくる。
「何。どうかしたの?」
『面倒事だ。ったくあのバカ…』
後の方はぶつぶつとよく聞き取れない。
『とにかく至急だ。見つけ次第連れて来てくれ。宰務室でいい』
「解ったけど…」
『頼んだ』
aの了承を受けて、そこでぶつっと電話は切られた。
aは受話器を不審げにみつめたまま。
「…何なんだ」
「さぁ」
唐突の依頼に、二人は首を傾げあった。
とにもかくにも、グールを探すことになった。
「つってもさー、グールが何処行ったかなんて解んないよね」
取り敢えず部屋を出て、ぶらぶらと城内を歩き回っている。
「だよなぁ。解ったら待ってないし」
そもそも怪我がどの程度回復しているのかも知らない。
かなりの重症だったのだから、全快とまではいっていないだろう。
「散歩かなぁ。寝てるのは飽きるもんね」
「ずっと寝てなきゃいけない程悪くはないだろ、まさか」
言いながらaの眼は若干泳いでいる。
グールを殺しかけた本人としては、そう思いたいのだろう。
「動けるようになってるなら、それこそ退屈じゃん」
そんな調子で取り止めもなく話しながら歩いていたが、ふとKが足を止めた。
aを振り返り一言。
「…お腹空いたんじゃない?」
「はぁ?」
Kの言わんとする事を理解しかねて、aも足を止めた。
「だからさ。城に厄介になってたら、貰える食事…人間用だもんね」
「あー」
忘れがちだが、グールは食人鬼の一族だ。
そろそろ人が恋しくなって、街に出たのかも知れない。
「まあ、なくはない…か」
「行ってみる?」
流石に城の中では狩らないだろうと、二人は秋色の城下へ足を向けた。
「城も広いけど。街で人捜しって無謀だよね」
「祭が近いとか聞いてたわ、そういや」
通りの人の多さにウンザリと肩を落とす。
じきに、冬を暖かに迎える為のスクラグスの祭りがある。
活気付きつつある街は、Kの足取りを重くした。
「ウチ、祭って好きじゃない…」
通行止めになったり、人混みが出来たり…祭りに関して楽しい思い出はそうそうない。
「裏通りを探してみるか」
「そうしよ。今頃食事中かも知れないしね」
「見つからない…。もうすぐ城下を出てしまいますよ」
膝に手をついて、城壁を見つめるK。
「まあそんなに簡単には見つからないとは思ってたけど…飽きたね」
夕日は城壁に隠れ、そろそろ空は藍色を帯び始める時間帯だ。
「とりあえず、一旦戻ろっか」
「おぅ」
aの提案にぐったりと肯いて、Kが街を振り返る。
「!」
視界の隅。人混みに紛れて、独特の白っぽいあの色が見えた。
「ちょ、K!?」
突然駆け出したKを慌てて追いかける。
aを構う事なく必死に走るが、追いつけそうもなくせめてと声を張り上げる。
「グールッ!!?」
人混みを数度掻き分け…
「………チッ」
見失ってしまった。
軽く息を切らすKの後から、一切乱れのない様子でaが声を掛ける。
「まあでも、あっちは城の方向だよね。戻ってるかも知れないし、なんにしろ帰ろう」
城門前は、いつにも増して厳しい警備体制になっていた。
「なんか、あったのかな」
「あったんでしょ。シール忙しそうだったし」
門を通して貰おうと近付くと、門番にぎろりと睨まれた。
「あ、通行証とかないよ。通して貰えるかな?」
いつも門から入る時はシールと一緒だし、その他は転移が常だったので、Kは通行証を携帯していなかった。そもそも通行証が何処にあるかも解らない。
「大丈夫でしょ。アタシは持ってるよちゃんと」
「流石a子。て事で、ご苦労様です。通っていい?」
門番は厳しい顔のまま、無言で開門してくれた。
城に入るなり、aが眉を顰める。
城内は何とも妙な雰囲気で満たされていた。
「何か、変だね」
首を傾げつつも宰務室へ向かう。
無遠慮に宰務室の扉を開くと、ヴァイスとシールが話をしている処だった。
「あれ。オーサマ?」
「戻ったか。…グールは?」
Kとaに続く姿が無い事を確認し、シールは微かに眉根を寄せる。
「ごめん。見つかんなかった。…まだ戻ってないのか」
aの言に軽く肯くと、シールは面倒臭そうな顔で髪を乱した。
「ていうか、何。何があったの。警備とか凄い事になってたけど」
Kの問いに一段と眉を顰めるシールの横で、王は楽しげに嗤った。
ただ嗤うだけで続きを話す気はないらしい。
軽く苛っとしながらもう一度シールに問う。
「城内で人死にだ。まあ、殺人だな」
面食らったようにaと目を合わせた後、Kがコテンと首を傾げた。
「…珍しいの?」
黙っていられなくなったのか、ヴァイスが声を上げて笑った。
「まあそうだな。謀殺暗殺の類はもっと巧くやるもんさ。今回の様なケースはそりゃあ珍しいだろうな」
死に方が珍しい、という事だろうか。
Kが色々な推測を働かせている間に、シールが溜息を吐く様に答えを言った。
「喰い荒らされてたんだ」
「「げ」」
aとKのユニゾン。
シールのその一言で一連の情報がパチパチと勢い良く繋がっていく。
「で、グールが居ないのね…そりゃあ………大変」
呆れ笑いで言葉もないK。
「何か証拠が?」
aのその一言に、Kが吃驚して振り返った。
「え、a子、グールがやったと思ってんの?」
「んなワケないでしょ」
怒りマーク付きで返された否定文に苦笑しつつ、Kはシールにも訊いてみる。
「いや。アイツは喰い残し程片付けるだろ。それに散らし方が派手だ。噛み付いて振り乱したみたいに飛び散ってやがった」
「げー、みたくなーい」
とはいえ、3人とも今までグールの食事風景を見た事はない。
現場状況がグールっぽくないなんて思った処で、有力な否定材料にはなりはしない。
「それで?」
Kがヴァイスに振る。
「残念な事に、宰相殿の客とは言え城にツェク・マーナを上げる事を快く思わない奴は結構沢山居たんだな」
冗談めかして肩を竦めるヴァイスをaが睨みつける。
「グールじゃないのに」
「んな事ぁ二の次三の次。どーでもいーんだよ」
そんな事はaだって知っている。
それでも、知り合いが無実の罪で糾弾されるのはどうしても悔しい。
「俺としては真偽なんてどうでもいいんだが――怒るなよ第二師団長。人喰いが人を喰うのは自然の道理だろ。だが、今回は宰相殿の責任問題に発展してるからな。取り敢えず客人の無実は証明しておく必要がある。その為には――」
そこで一旦言葉を切ったヴァイスに変わり、Kが引き継いだ。
「グールが居なくちゃまずいよねー。始まんないどころか終わり一直線」
「そういう事だな」
シールは実に感慨無く肯いた。
「なんか……職懸ってんじゃないの、シール」
Kが呆れて尋ねる。
「俺としてはアイツがやった事にして辞任しても一向に構わん」
じと、とヴァイスを横目で見て言う。
「おいおい、従兄殿に宰相に就いて貰うのに、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ」
「俺は知らない内にある日突然エケルットを手放した事になってたな」
「…嵌め…」
面倒臭がりの元オージサマが、どうして面倒の塊の様な宰相様になんてなったのかと思っていたら…。
「まあ、とにかく。a子が憤死する前に、疑惑の怪我人を保護しないとね」
Kとaは先程外で見た、らしき人影の話をした。
「城の方に向かってたっぽいけど」
シールは静かに首を振る。
「城へは来てないだろ。手負いとは言え門番如きに捕まるとは思わないが、一悶着ぐらいある筈だ。そんな報告はない」
「だよねぇ」
そもそも本当に城の外に居たのなら、もう城へは帰れないだろう。
「あのこ結構引籠もってるイメージだったんだけど、よく今日みたく散歩に出てたのかい?」
一人の時はいつも部屋で寝ているイメージだ。
…いや、一人じゃなくてもか。
「知らん。偶にはふらついてたみたいだが、すぐに戻ってきてたらしいとは聞いた」
使用人達の証言によると、大体は部屋に居たらしい。
「なんであの怠惰さであの綺麗な身体保てるんだろう…羨ましい」
Kの低い呟きは無視された。
「まあ、今日はもう日も落ちたし。やるなら明日から人海戦術で挑むかな。それまでは―…」
少し考えてから、Kは『穴』を開いた。
「シルエッタで、居る事にしといていいかな」
『穴』から呼び出された揺らいだ影が、一瞬にしてグールの容を取る。
「便利だなそれ。俺も欲しいわ」
然して本気でもなく呟いたヴァイスも、シールの厳しい一瞥を喰らって口を噤んだ。
「ただ、幸か不幸かシルエッタ喋れないから。いいよね、部屋に閉じ込めとくだけだし。今日の分は――ほら、ウチ等と遊んでたって事に」
―ぼふっ。
Kは自室のベッドに盛大にダイブした。
てきぱきと事を運んでおいて、Kにやる気は一切なかった。
実際、どうでもいいのだ。
グールが罪を被ろうが被るまいが、いや、そもそも実際に下手人がグールだろうがそうじゃなかろうが。その末にシールが職を失おうともそこにKが被る被害は一切ない。
グールだって実家に送り届けてしまえばそれでお終いだ。
此処で犯人という事になっても、誰もテラメルコ迄追っては来まい。
…遊びに来たのに。
少しだけ残念な気持ちを抱いて、Kはイノクンを抱え込んだ。
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