第五章5 Resolution

 さぁ、三曲目。ここが勝負の分かれ目になるか。

 短いドラムロールから始まったのは、


「マジか!」


 某筋トレアニメのネタ曲である。

 思わず二人で笑った。


 いや、実はこの曲ふつーにカッコいいんだけどね?

 この場面で来るか普通。


 この曲も、踊るならロックが無難。コミカルな動きもロックの魅力だ。

 案の定、甘音もそれできた。


 でも、甘いよ甘音。

 ネタ曲のフリってのは、こうやるんだ……!


 一番のサビ終わり、甘音がハケるのを待たずに飛び込む。


 そこから、ネタ歌詞に合わせた怒濤のネタフリ。

 具体的に言うと、ここの歌詞は全て筋トレの名前になっている。それを全部再現してやった。


 こういうの、実は大好物である。

 なんせ一人で踊ってるから、こういうおふざけもお手の物だ。


「あっはは、何ソレヤバ!」


 そんでもって超絶音ハメなので、こういう反応になる。どうだ。


 そのまま入った二番の早口の歌に、全て音ハメ。

 甘音はもう笑うやら驚くやら。サビ直前にかましたポージングで、もうお腹を抱えて笑ってる。


 ――からの、サビで一気にガチモード。

 ギャップでめちゃくちゃカッコよく見える。はず。たぶん。


 で、サビが終わり。次のフリは、もう決まってるようなものだった。


 何故か、二人で一緒に踊りだした。

 いや、どちらかと言えば筋トレが始まった。


 だって歌で指示されるんだもん、しょうがないよね。

 二人で仲良く、ナイスバルク!


 そしてそのまま入るラスサビ、なし崩しで出番を奪う。

 交互に踊ると言ったな、アレは嘘だ。

 甘音の出番は一緒に踊ったパートで終了扱い。


 実を言えば、バトルのルールは割とふわっとしている。特に野良バトルだと。


 自由なダンスもバトルの醍醐味だいごみ。この曲は引き分けでいいだろう。

 こんなに笑ったのは久しぶりだ。



 そんな流れから一転、次の曲。

 いきなりエグいベース音が来た。


 この曲は、ヤバいベーシストとヤバいギタリストが組んでる曲だ。

 結構マイナーでエグめなアニメのオープニング。


 次は俺の番。この曲なら、俺に分があるか。


 気持ちよく響くドラム音に合わせて、思いきり体をポップさせていく。

 こういう曲では、自分から音が鳴ってるような感覚がある。

 つまり超気持ちいい。


 が、二フレーズほど踊ったところで、甘音が出番をかっさらいに来た。

 そして、俺に分があるというのは間違いだと気づいた。


 ここからのワンフレーズ、ベースもギターも本気出してる。

 どういうことかと言うと――


「ヤバい!」


 今度は、俺がこう言う番だった。

 ポップでは拾いきれない、細かいギターとベースの音。

 それらを全て、甘音はスタイルヒップホップでガッツリ拾ってきたのだ。


 ワンフレーズですべてをひっくり返した甘音。


 そのダンスからは、絶対に負けないという強い意志が感じられた。

 剥き出しの感情に、俺も熱くなる。負けてたまるか。


 こうなったらもう、ジャンル違いだが実力勝負だ。

 俺の全力をぶつけるしかない。



 俺は踊る。甘音の前で、全力で。

 甘音は、そんな俺を見ている。じっと見ている。

 俺のフリを見て、時には驚き、時には歓声を上げ。


 そして、目。


 その目はずっと、真剣に、真っ直ぐに、俺に向けられていた。

 あぁ――そうだ。そうだった。


 この目。この声。この反応。

 俺はずっと、これが好きだった。


 もう、思い出した。思い出してしまった。完璧に。

 ――ダンスを見てもらう楽しさを、思い出してしまった。


 好きだ。


 俺は、ダンスを見せるのが好きだ。

 俺はそれを心の底で望んでいて、それを望んでくれる人が目の前にいて。


 そしてそれが、勘違いじゃないと言いきれる。だって。

 俺に勝ちたい、俺と踊りたい、俺のダンスが好きだ、って。

 彼女の目と、ダンスが語っていた。


 だったら、後は。



 曲が終わった。

 次に流れる曲がおそらく最後。

 そんな場面で――これが流れるのか!


「はは」


 笑ってしまった。気の抜けた声だ。

 だって、そうだろう。こんなおあつらえ向きな曲。


 『Resolution』。


 頭の中に、またあのベタな二文字が浮かぶ。

 やることは一つ。さぁ――楽しもう。


 俺は無我夢中で踊った。

 一番を丸々踊りきり、二番を甘音が踊る。


 この速い曲調は、スタイルヒップホップが得意な甘音が有利。

 でも、知るか。これは、俺の曲だ。


 『ブレイブ』。俺の大好きな物語。それを彩る音楽。

 この場を締めくくるのに、これ以上の曲はない。


 これは、勇気の話だ。


 主人公が、勇気を出して踏み出す物語。

 辛い現実を変えるために、彼は勇気を持って旅に出るのだ。


 だったら、この物語を愛する俺が、この曲で踊るなら――やることは決まっている。


 間奏の途中から、主導権を奪った。

 そのままラスサビに雪崩れ込み、力の限り踊る。踊る。踊り続ける。

 そして、その最後。


『踏み出すんだ』!


 最後の歌詞に合わせて、力強く一歩。

 高く鳴った足音が、ドラムの音と重なった。

 手を突き出し、拳を握りしめて。


 俺は、それをつかみ取った。



 俺たちの戦いは、終わった。

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