第五章4 最後のお願い

『明日の朝、いつもの場所で待ってます』

『これで最後にするから。もう一回だけ、あたしにチャンスをください』


 甘音のメッセージはこれだけだった。

 結局、何と返していいのか分からないまま、俺は学校へと向かう。

 屋上へ向かう足取りは、どこかフワフワとした感覚だった。


 別に、行く必要はない。

 このまま無視して、甘音との関係を断つことだってできた。

 なのにこの足が止まらないのは、きっと。


 見慣れたはずの、屋上へ続く扉。

 そこに手を掛けて、緊張に喉が鳴って。

 意を決して、俺は扉を開けた。


「おはよう」


 甘音がいた。


「……その格好、」

「挨拶は?」


 むっとして注意してくる甘音。

 いつもどおりなやり取りに、調子が狂う。


「……ごめん、おはよう」

「よし」


 彼女は満足げに頷いた。


「で、その格好は?」


 甘音は、制服を着ていなかった。

 Tシャツにジャージ。いわゆる動きやすい服装だ。


「うん。あたしの、最後のお願い」


 さっぱりだ。続きを待つと、甘音はスマホを取り出した。


「あたしと、ダンスバトルしてほしいの」

「……はぁ?」


 何だそりゃ。


「それで、あたしが勝ったら、もう一回考えてほしい。あたしといっしょに踊ること」


 そういうことか。でも……


「考えるだけでいいの」

「うん。それでダメなら、ちゃんと諦める」


 それは随分控えめな要求だ。

 まぁ、無理に踊らせたって仕方がないか。


 ただその提案は、俺にメリットが見当たらない。


「俺が勝ったら?」

「何でも言うこと聞く」


 即答が返ってきて、言葉に詰まった。

 いやホント、そういうのダメよ?


「……そういうこと、軽々しく言わないほうがいいと思うけど」

「咲楽くんだもん、大丈夫だよ」


 また即答。

 信頼されてる――なんて、思い上がったりはしない。


「……まぁ。俺、ヘタレだし」


 お互いに、苦笑。

 まぁ、そういうことなら、いいだろう。


 ここできっぱり決着をつける。

 言葉でわかり合えないなら戦うのみ――実にアニメ好きらしい結論だ。嫌いじゃない。


「でも、曲はそっち選曲でしょ。俺が不利じゃない?」

「それは大丈夫。アニソンのプレイリスト、ランダム再生するから。一曲目は選ぶけどね」


 それならまぁ、限りなく公平か。後は、


「ジャッジは?」

「要らないでしょ。あたしたちの勝ち負けなんて、たぶんすぐにわかるもん」


 それもそうか。

 なら、もう疑問はない。

 後は俺が受けるかどうか。


 答えはもう決まっていた。


「……わかった。その勝負、受ける」

「ありがと」


 甘音が笑う。俺は踊る準備をする。


 カバンを置き、メガネをしまい、ブレザーをカバンの上に置く。

 ネクタイを緩めてシャツの第一ボタンを開け、袖を捲った。


「準備、いい?」

「いつでも」


 軽く体を動かしながら答えると、甘音はカバンを俺たちの間に置いた。

 スマホを操作して、その上に置く。


「じゃあ――バトル、スタート!」


 甘音の指先が、音楽をスタートさせた。



 断続的な電子音から始まるその曲は――『歩く、歩く』。

 俺と甘音が初めて出会った、あのときの曲だ。


 なるほど、センスがいい。


 甘音は、俺に向かって一歩を踏み出した。

 そのまま体を弾いて踊りだす。


 ポップで真っ向勝負か。

 ますますいいセンスしてる。


 イントロ、Aメロ、Bメロと、甘音は順調に音を拾っていく。

 そしてサビ。


「うはっ!」


 思わず声が漏れた。

 アニメのオープニングのフリ、そのままぶち込んできやがった……!

 完璧なドヤ顔のおまけつきだ。


 そこからも、自分のオリジナルをのフリを中心にしつつ、アニメの動きも取り入れてくる。

 あぁはい、俺もそういうの好きですとも。


 サビが終わり、甘音が下がる。

 今度は俺の番だ。


 一瞬の緊張。

 だが、体は驚くほど自然に動いた。

 彼女の戦意にてられたんだろうか。とにかく踊れる。

 なら、問題ない。


 甘音のダンスはいい先制攻撃だった。でも。

 ポップなら、負けてやるわけにはいかない。


 腕、首、肩、胸、腰、膝。指先まで全身を駆使して踊る。

 すべての音を拾う勢いに、甘音が「ヤバー!」と声を上げた。


 二番のサビは、歌詞ハメで魅せる――だけじゃなく。

 あえての、ストップ。


 全身を止めて、指先だけでフリを紡ぐ。

 急激な緩急に、甘音がまた歓声を漏らした。


 短い間奏を挟んで、Cメロから落ちサビは甘音の反撃。

 普通に上手いが、さっきのムーブは我ながらヤバかった。

 この曲は俺に軍配が上がりそうだ。


 とどめとばかり、サビの後のリフレインと、アウトロをかっさらう。

 もちろん最後は、原作のポーズを決めてやった。まぁほぼ棒立ちなんだけど。



 滑り出しは上々。次の曲を待つ。

 緊張感のある少しの間。


 トランペットの音が、軽快に静寂を切り裂いた。


 次の曲は、ザ・オシャレアニメのオシャレオープニングだった。

 ファンクなノリが心地いい一曲だ。アニソンだが大半が英詞。マジオシャレ。


 この曲はマズいな――と思ったときには、甘音はもう踊りだしていた。

 ファンクなロック。がっつり彼女の得意ジャンルだ。


 やっぱり、音の拾い方と抜き方が抜群。

 ニュアンスもしっかり曲に合わせてきてる。


 そして、サビ前の連続音。ここで畳みかけるような音ハメ。

 やられたらやり返す、と言わんばかりの緩急だ。


 俺は手を上げ、手首を九十度に曲げたまま前腕を左右に捻る。「ナイスムーブ」という意味のジェスチャーだ。


 そのままサビに突入し、ボーカルの長音に合わせたしなやかな動き。

 セクシーだ。これには思わず、「フー!」と声が上がった。


 サビの最後もしっかり決め、間奏で煽る余裕すら見せつけられた。

 これはかなりカマされた感がある。


 くそ、負けるか。俺もこういう曲とロックは好きだ。


 二番のメロディーは、さらにファンクなアレンジが多い。

 そこを上手く拾っていくと、甘音も「ナイスムーブ」のジェスチャー。


 サビ。堅実に音を取っていくが、さっきの甘音に比べると弱い。

 煮えきらないまま、長めの間奏で甘音に手番を譲る。


 ここで、もう一発かまされた。

 甘音のフリは、ロックじゃなかった。


「上手いハウサーって……!」


 お前かよ!

 そう言えば、三年生のバトルでハウスを見なかった。


 とんだ隠し玉に半分笑いながら、興奮してフリを見守る。

 オシャレな曲にオシャレなジャンル、こんなの最強じゃん。


 落ちサビの途中で煽られ、仕方なく前へ。いや、これは勝てっこない。

 ロックで対抗し、最後は意地で決めたが、これで一勝一敗。

 やや劣勢ってとこだ。

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