〈六〉
城の使者と聞いて、てっきり丞必か
「父上……」
「やってくれたな。いま表では騒動になっている。当主の息子が足抜けを手伝うなどあってはならんことだ。お前はそれを分かっていてやっただろう」
図星を突かれ俯いた。
「でも、折檻を受けていて……ぼくはこいつを拾ったときに、
「保護したまでは誰のものでもないが
息子は口をすぼめた。萎縮した様子に当主は内心溜息をつく。
「それを渡してもらおう。
しかし意外にも、幼い彼は少女を庇うように前に立ちはだかった。迷いつつも父を睨む。
「……民をいたずらに
少女が半泣きで紅珥にくっついたのを見て使者のひとりが渋い声を出した。
「五の
その言葉には頭に血を昇らせた。
「馬鹿を言え!砂人が信じられないと言うなら当主を
獅徇がわずかに顔を伏せた。たとえ本人が
当主が腕を組んだ。
「ではどうするつもりだ?城に置くことは許されぬ。お前も、街で暮らすことは出来ぬ。大金を払ってそれを引き取った楼主をどう納得させる気だ?」
「不本意だけれど、その分の金を支払えばいいのでしょう?ぼくのものをすべて売ってください」
「到底足りぬ。それに、先ほども言ったようにそれは久方ぶりに現れた砂人だ。妓楼にとって、生粋の砂人は客引きとしてはかなり使える。だから楼主も大金を出したのだ」
紅珥は今までにないくらい苛立っていた。唇を噛みしめ、自分に迫る全ての
「……ぼくが、ずっとこいつを買い続けます。死ぬまで」
確固とした声音に当主は眉を上げた。息子は片手で
「あっちの楼主が出した金額の倍、耳を揃えて払い終わるまで通い続けます。だから獅徇のところに置いてください。お願いします」
「その金をどう工面するつもりだ。戦で手柄を立てるか?
突然、紅珥は顔を歪めた。口角を上げて歯を剥き出しにする。さも
「いつも父上は言っているではないですか。お前は当主の息子だ、
使者たちが戸惑う空気を醸した。当主はじっとしたまま動かない。しばらくそうして見つめ合うと、やがてふいと顔を逸らす。
「…………大きく出たな」
呟くと脇に控えた獅徇を見た。
「私はこれの親だが城の金と民の上納を私的に使うわけにはゆかぬ。お前には迷惑千万だが、ひとまず立て替えてもらわねばならない。向こうの妓楼には私も行こう」
当主、と周囲は狼狽してどよめいたが目線で黙らせ、再び息子を見下ろす。
「……
「これが、私がこれからしたいことの全てです。自分自身の為に私はそうします」
ふん、と鼻で笑った父は身を
「では、お前の全てをもって
「言われなくてもそうします」
背に言い返したのにはもう全く反応せず、当主はいまだ不服そうな
「我が息子ながら格好良かったぞ。しかしほんに大それたことを言ったものだ」
腰に手を当てて頭を撫でてきた閼氏に紅珥は憮然とした。
「なにも間違ったことは言っておりません」
「分かっているよ。ただ、言ったことはやり通せ。当主はお前をすでに無力な子どもとは見ていない。誓いを
「もちろんです」
語気の強い返事に母は爽やかに笑った。獅徇を振り返る。
「世話をかけてすまない」
「いいえ。五君の
「こいつは実は短気だぞ」
その子を休ませてやれ、と言って息子を少女と共に出て行かせた。獅徇は閼氏に囁く。
「本当に
「確かにまだ残っている
獅徇は首を傾げる。「というと?」
「聞得の調節というのは、いかに自分を
腕を組み、少し寂しげに笑った。
「どんな形にせよ己の立ち位置を明確にしたんだ。なかなかあの歳で出来ることじゃない。……これから、
「諸国の敵と、自分の民に挟まれた苦難の道……」
「予想外の
獅徇は閼氏の手を取った。
「大丈夫でございますよ。私どもがついております。それに、紅珥さまは心がお強い。もしかすれば本当に一族を変えてしまうやも」
閼氏はその希望を束の間思い浮かべ、頷いた。とはいえ、自分たちとて成しきれなかったものは次代へと繋ぐ為の
閼氏は辞去しながら獅徇の肩を叩いた。
「また酒でも持ってくるよ」
それと、と照れ臭そうに振り向く。
「私も本当に感謝している、獅徇。本来ならば一番可愛い時分の我が子を取り上げられて恨めしいだろうに、私に任せてくれたのは今でもとても申し訳ないと思っている。すまない、そしてありがとう」
獅徇のほうは微笑み返し本心から首を振り、昨日まみえた立派な我が子の姿を思い返す。
「育ててくださったのがあなたで良かった。あのように健やかにお育ちになられたお姿を見れて、私は感無量なのです」
「そう言ってもらえたと当主にも伝えておくよ」
では息子をよろしく、と颯爽と出て行く後姿に再び笑みつつ頭を下げ、さて、と息をついた。ここからが踏ん張りどころである。全ての手続きと商談を問題なく完了させるのは自分にかかっている。当主に託されたのだ、必ず成功させてみせる。そう誓って気合いを入れ、閼氏の真似をして腰に手を当ててみせた。
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