第26話 激震

「こっち!」


 美和が廊下の奥を指し示しながら走りだしている。美和の声に引き寄せられるように体が動きだす。ゴリさんもすぐに反応して走りだし、男の子は泣くことも忘れ、ゴリさんの胸に顔を埋め、必死にしがみついている。


 非常口だろうか。鍵を開けて外へと飛びだした美和に、ゴリさんが続いていく。

 すぐ近くで激しい音がし、振り返れば、さっきまでいた場所にガラスが飛び散っている。

 思わずツバを飲み込む自分がいる。


「チャポ、早く!」


 非常口から飛びだすと、美和が校庭へと向かおうとしている。


「美和!」


 走りだす美和を呼び止めた。頭には映像が浮かんでいる。

 災害後のヘリコプターからの空撮映像。校庭は土砂で埋まっていた。だけど、あそこは――「こっち! 屋上!」


 ゴリさんに先に行くように促し、戻ってきた美和も押しだした。そして、最後に校舎側部の非常階段を駆け上がる。


 時間がない。いや、もうすでに……ガラス窓を割った何かを思えば、崩れ始めているのだろう。

 30分頃、記憶の中にあるアナウンサーはそう言っていたじゃないか。


 クッソ! バカ!


 自分の浅はかさに腹が立つ。どうしようもない怒りが込み上げてくる。あいまいな言い方の中には、数分のずれが含まれていて当然じゃないか。


 2階を過ぎ、屋上へと向かっていると、突然、激しい音がし、体が大きく揺らいだ。咄嗟に手すりへとしがみついていた。一瞬だったが、大きな木か、それとも転がり落ちてきた岩が校舎に衝突したのかもしれない。


 見上げれば、美和がしゃがんだ状態で手すりにしがみついている。

 その上のゴリさん――美和の横を抜け、駆け上がる。


 今の揺れで足を踏み外したのか、ゴリさんは横になった状態になっている。片手で男の子をしっかり抱きとめ、もう一方の手で手すりからの細い柱を握りしめている。二人分の体重を支える顔に苦悶の表情が見える。


 近寄り、声をかけると、大丈夫とばかりにうなずきが返ってきた。すぐに男の子を抱き取ろうとしたが、恐怖からか、男の子は顔を埋めてしがみつき放そうとしない。

 やや強引に力を込め抱き上げる。


 美和の手助けでゴリさんも立ち上がった。その瞬間、耳から体全体を震わす音が響いてきた。飲み込まれるような圧迫感が地響きとともに押し寄せてくる。


「早く!」


 屋上までは後数段、男の子を抱えた腕に力を込め、駆け上がる。背後から美和とゴリさんが続いている。


 屋上に辿り着いた瞬間、激しい揺れが襲ってきた。背後から美和の悲鳴が聞こえてくる。

 振り返れば、屋上への階段部分でしゃがみこんでいる。ゴリさんが覆いかぶさるようにして支えている。


 再びの衝撃が体を襲った。

 バランスが崩れ、視界が歪む。


 美和の悲鳴! ゴリさんの言葉にならぬ叫びが!


 2人の姿が――見えない。


 僕の張り上げた声を、襲ってきた轟音が打ち消していく。

 建物も悲鳴をあげ、激しい揺れに体はされるがままになっている

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