第24話 どこへ
ノッポさんたちのおかげで、移動は順調に進んでいる。公民館の周りの道は狭く、駐車場も数台しかないとのことで、徒歩での移動となっている。
歩行に危険がありそうな人には、ゴリさんのタクシーとワゴン車、そして、車椅子の乗り降りができる車がもう一台使われている。
僕らは借りた雨合羽を着て、車まで傘を差しかざすなどして補助にあたった。
雨もいくぶん小降りになってきたようだ。
車椅子を乗せたワゴン車が水しぶきを上げながら校門を後にしていく。その姿を見送り、ホッと息をついた。何度か往復することで搬送は無事完了した。
「終わったね」
美和が後ろを振り返っている。徒歩の人の移動も完了したようで、体育館からも人がでてくる気配はない。
「最後の確認にいってくるか」
そう声をかけ、体育館に向かった。腕時計に目を落すと、針は17時11分をさしている。
少し足を速めた。
玄関ホールに、なぜか人影が見える。その姿に胸がざわめく。年配の女性が両腕を抱えるようにして俯いている。その肩に手を乗せる同年代の女性の顔も暗い。
僕らが駆け寄る前に、誰かが現れた。同じ世代らしき男性が息を切らしながら、
「だめだ、キヨちゃん。2階にもいないぞ」
「どこに行っちゃたの」
声を漏らした女性は、強く自分の体を抱きしめている。その体は小刻みに震え、どうしよう、という消えそうな声も聞こえてくる。
声をかけると、近所の人だというその男性が状況を説明してくれた。話し始めてすぐに、ノッポさんの明るい声が聞こえてきた。
「終わったか?」
僕らの様子とこの状況に、笑顔は一瞬で消え、恐いほどの顔で近づいてくる。少し遅れてやってきたゴリさんも加わり、男性の話しへと耳を傾けた。
話によると、女性の小学1年生の孫が行方不明だという。夏休みを利用して遊びにきていて、両親は東京に戻り、2人で一緒に過ごしていたらしい。そして今回、避難勧告を受け、ここに避難していたというのだ。
ノッポさんが携帯を取りだし、数歩離れたところで背を向け耳に当てている。そして、ゴリさんを引っ張り、何かを耳打ちしている。
「ここにいないとなると家に戻ったか」
男性の呟き声が聞こえてきた。
「ご自宅は近いんですか」
そう尋ねると、校門の前の道路を渡って、その先の坂道を下り、後は一ヵ所曲がるだけで、大人の足なら数分だという。
だとしても、雨の中を一人で戻ったりすることがあるだろうか。ここは男の子が普段から暮らしている街ではない。
「でも、子どもならゲームとか本とかどうしても欲しいと思ったら、取りに帰ったりするかもしれませんよ」
横に立つ美和の声に、いやあ、さすがにそれは、と首を傾げると、肘で強く押された。美和は男性へと視線を向けたまま、自分の腕時計に指を当て、ポンポンと小さく叩いている。
「ああ、自分の昔を思えば、そういうこともありそうな気がします」
すぐに、美和の言葉を後押しした。視線を向けてきたゴリさんやノッポさんにも、美和と同じように腕時計に指を当て、時間がないことを伝えた。
「トシヤ。お前が一緒に行かせてもらえ」ゴリさんが車のキーを投げ、「男の子がいたら、そのまま公民館に向かへ」
ノッポさんはうなずき、3人に優しく声をかけながら、この場から去っていった。その去り際に振り返り、腕時計に指を当て、力のこもった視線を向けてきた。
いいか。時間がないぞ――ノッポさんの声と思いが聞こえてくる。
僕らは、うなずきで応えた。
あの3人は体育館の中を捜したというが、もう一度手分けして体育館の中を捜していった。倉庫やトイレなども隈なく捜したが、その姿はどこにもない。
体育館の奥、舞台側を捜していたゴリさんが戻ってきた。そこにもいなかったようだ。階段を下りてきた美和も首を横に振っている。
その時、ゴリさんの携帯が響き渡った。すぐに耳へと当てている。ゴリさんの声のトーンが低く落ち込んでいる。
電話は校長からで、さっきノッポさんがかけた電話に対する折り返しだという。
公民館に新たに設置された本部にいる校長は、すぐに子どもたちに聞いてまわってくれたようだ。それによると、男の子は近くにはいたが、一緒に遊ぶことなく、電車かなにかの本を見ていたという。そして、お昼の後は見かけていないというのだ。
ゴリさんが腕時計へと視線を落している。僕も自分の時計へと目を向けた――17時21分――タイムリミットまでは9分しかない。
ここにいなくて、公民館にもいないとなるとどこに行ったというのだ。土地の子ではないとなると、一人で他の場所に行くなんて考えられない。
「どこだ。どこに行った」
ゴリさんの足は外へと向かっている。きっと、ゴリさんだってあてなんかあるわけない。校庭にでると、辺りを見渡しながら、どこだどこだ、と呟いている。
目をつむり、自分が見た夢へと思いを走らせる。
小学1年の男の子――ニュース映像。ヘリからの中継。何か言っていただろうか。どこかで発見されたなどと伝えられていただろうか。どこかで……。
いくら夢へと思いを巡らせても、男の子ことは浮かんでこない。考えてみれば、夢で見たのは災害があって間もない中継であり、細かな状況はわからないようだった。ただ、多大なる被害がでていると伝えられていた。
なすすべもなく、焦りだけが胸の中に膨らんでくる。視線の先には、秒読みに入った山が身構えている。その手前には、雨に包まれる体育館、そして――もしかしたら。
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