第12話 ごっつい天使の力こぶ

 県道は、やはり通行止めだった。

 交差点の手前に立て看板があり、パトカーが一台止まっている。この先に冠水箇所があり、この交差点で迂回しろ、ということのようだ。


 タクシーを降りて、パトカーへと向かっていたゴリさんが戻ってきた。


「いやいや、すげえ雨だなあ」助手席からタオルを取って、顔や腕を拭きながら、「別に、川を渡ろうってんじゃないし、猛スピードで走り抜けるって言ってんのに、あいつらときたら、絶対ダメだとぬかしやがる」


 そう、通行止めなのは分かっていたこと――自分を納得させる。

 横を見れば、覚悟を伝えてくるように、首を小さく縦に動かす美和の姿が姿がある。

 行くしかない。この足で――美和にうなずきで応え、ゴリさんへと「あのう、おいくらですか?」


 聞いていないのか、バックミラーを見ると、目を瞑ってブツブツ言いながら人差し指を右へ左へ動かしている。声を張ると、振り返ってくれたので、同じ言葉を繰り返した。


「金? 金なら心配するな。雨降り学割で安くしてやるから」

「いや、それはいいんで、道を教えてもらえますか」


 歩くとなるとどれくらい時間がかかるのだろう。とにかく急がなくてはならない。


「ちょっと、待ってくれるか」何かを確認するように指を動かし、「この雨だと他もいろいろ通れない可能性があるから、一応ある程度は目途を立ててから走らせないとな」


 走らせる? ってことは――思わず美和と顔を見合わせた。

 美和がシートの間から体を乗りだし、


「乗せていってくれるんですか」


 美和の問いかけに、ゴリさんはポカーンとした感じになっている。だが、合点がいったのか、にやりと微笑んだ。


「もちろん、はなからそのつもりですよ。お嬢さん」


 おどけたような言い回しで、バシリッとドヤ顔を決め込んだ。

 それならそうと言ってくださいよ。ゴリさんも人が悪い。


「ありがとございます」


 笑顔の美和に続いて、僕もお礼を言うと、ゴリさんは


「この辺は俺の地元だからな。裏道はお手のものよ。まかせとけ」


 拳を握った太い腕が曲がると、これでもかと力こぶが盛り上がった。







 お見事としか言いようがない。ゴリさんのおかげで、1時間ほどで無事に柿沼に到着することができた。


 それでも、あの運転手が言っていたとおり、山道は通りにくい箇所があり、ゆっくり慎重に通らなければならなかった。遠くから見れば、青々と緑が茂っているように見える山だが、中に入って見ると木々が弱っている、そう感じた。


 ゴリさんの話しだと、人手が足りなく手入れができず、日が当たらないところは大きく育たないらしい。他にも動物たちによって、皮や根まで食べられたり、傷つけられたりして、死んでいる木も多いという。


 山肌を滝のように雨水が流れ、地盤はかなり緩んでいるように思えた。その光景に胸が詰まり、気は焦っていた。それが表情にもでていたのかもしれない。市街地に入ると、ゴリさんが柿沼に行きたい理由を尋ねてきた。


「それは……」


 ここまでしてくれた人に、適当な理由を言ってごまかすなんてしたくない。いや、正直に話したかった。笑い飛ばされてもいい。それでも聞いてもらいたかった。





 話を終え、バックミラーを見ると、ゴリさんの真剣な瞳がそこにある。僕も思いを込めて、真直ぐとその瞳を見つめた。


「世の中ってやつは、不思議なことがあるもんだなあ」


 ゴリさんがギヤを入れ、車が動きだした。


 信じてくれたかどうかは分からない。それでも、危険な山道でさえ冗談を言っていたゴリさんが無言になっている。いくぶん強くアクセルが踏みこまれている。そんな気がする。

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