第16話 うそつき
それは、魔獣たちの死体だった。
争いの跡もそのままに、そこかしこに何体もの死体が散乱していた。
オーフィスは、自分の口からひゅーひゅーと呼吸がもれていることにも気づかずに、バクバクと耳もとに響くように鳴っている鼓動を、ただひたすらに、うるさいと感じていた。
彼女の視線は一点に集中していた。それ以外は眼にはいらないとでも言うように。
それは、死体だった。
だが、さきに言った、魔獣の死体ではない。それは、──人のかたちをしていた。
身体が震えていた。信じられなかった。否、信じたくなどなかった。
これが──ソフィアであるなどと。
それでも、その遺骸は、喰い荒らされズタズタにされてなお、人のかたちを残していた。その服は汚れているが、白くシェルマータの女官が身につける衣装だった。その特徴的な長い銀髪は放射状に広がっていて、泥にまみれていた。顔は隠れていて見ることができない。それを見る勇気がもてない。たとえ見たとしても喰い荒らされた顔はズタズタで彼とはわからなかっただろう。鈴をかたどった金色の耳飾りだけが月明かりを反射していて、場違いに浮いていた。その手には黒い短剣が握られていて、魔獣の血に染まっていた。最後まで抵抗していたのだろうことがうかがえた。
オーフィスは倒れそうな足取りでゆっくりと近づいていった。
「うそだ……。信じないぞ」
くずれおちるように、彼のとなりに膝をおり、震える手をのばす。その頬に指が触れた。血にまみれたそれはすでに冷たく、人としての温かみは残っていなかった。
それでもまだ、オーフィスは信じなかった。
「また、幻なのだろう……? どこかで私を見て笑っているのだろうっ?」
彼女は周囲を見渡し、叫ぶように言った。
「なあ、そうなんだろうっ。驚いた。認めるから……っ、もう、でてきて……!」
オーフィスは動かなかった。息すらとめていた。
そこの木の影からでも──
──いやァ、ごめんねぇ、オミちゃん──など言って出てくるに違いないのだ。
だが──
そんなことは、あるはずもなかった。
淡い幻想は、ただ風が吹いただけでもろく砕け散った。
現実は、冷たく眼の前にあった。
「絶対に死ぬなって、約束したのに……」
耐え切れなくなったように、声がふるえた。
「がんばるって、言ったくせに……っ」
涙がこぼれた。もうとまらなかった。
──うそつき──
その囁きは誰の耳に届くこともなく、ただ風にさらわれていった。
彼女は、それ以上はなにも言わず、声もださずに、ソフィアの血だらけの胸に顔をうずめ、せきをきったように泣いた。
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