第2話

 同期会が終わると、私は葵の隣をぴったりと確保した。店の外の路上で、駅のホームで。みんなのやり取りに耳を傾けて、葵の最寄駅を確認するのも忘れない。彼女の住まいは、とある路線の奥の方で、同じ方面の子たちも、葵の降りる駅まで乗る子はいないということだった。私にとっては、とても都合が良い。


「琴美、今、家こっちなの?」

 

ひとり、またひとりと同期が電車を降りていくのに手を振って、ついにふたりだけになると、葵は不思議そうに首を傾げた。


「ううん。葵とちょっと話がしたくて。──二軒目、行って良い?」

「良いけど……?」


 マリッジブルーを心配してくれたのか。細い目を瞬かせながらも葵はすぐに頷いてくれた。さすが、この子は優しかった。


 次の駅で下車した私たちは、目についたバーに入る。さっきのフレンチ居酒屋よりもずっと暗くてずっと静かで、バーテンダーも常連らしいお客さんと話している。これもまた、私にとっては安心できる環境だった。たとえ見ず知らずの人だろうと、二度と会うことがない人だろうと、絶対に聞かれたい話ではないから。こんな話、暗いところでするものだろうから。


 私はジントニック、葵はカンパリソーダ。もうたっぷり食べて飲んだ後だから、頼んだのはさっぱりしたカクテルだった。各々にグラスが届くのを見計らって、私は早々に「本題」を切り出す。


「私、XX美容外科のパンフ取り寄せたんだ」

「ああ」


 からり、とグラスの中の氷に音を立てさせた、葵の溜息のような声のトーンで分かる。私が何を言おうとしてるか、この子はもう分かってくれた。あのパンフに載ってた施術例のモデルは、やっぱり葵だったんだ。


 鼻尖形成術二十万円プラス鼻中隔延長術五十万円──団子鼻を小さくして、鼻先の形を整えて、鼻の穴を目立たなくする施術。


 そのモデルは、証明写真のようにまっすぐにこちらを向いてぎこちなく微笑んでいた。すっぴんのビフォア写真と、軽くメイクをして明るくライトをあてたアフター写真。その両方を、私は何度も何度も見比べた。だって、葵に見えて仕方なかったんだもの。でも、本当に? 私のよく知ってる子が整形していて、しかも私が取り寄せた美容クリニックのパンフレットに載ってるなんて。そんな偶然ってあるものなの?


 同期会の誘いが来たのは、自分の目が信じられなくなったところに、だった。さっきの店でも、私はずっと葵の顔を見つめ続けていて──でも、それでも確信は持てなかった。ううん、やっぱりあの写真はどう見ても葵だ、って思ったんだけど、信じ切れなかった。


 整形をする人って身近にいるものじゃないと思ってた。テレビや雑誌で見るような芸能人やセレブとか、そういう人たちだろう、って。不自然に大きな宇宙人みたいな目。ボールでも詰め込んだみたいな丸すぎるおっぱい。ああいう、よくできた人形みたいな作り物めいた綺麗な人たちは、別の世界の存在だと思っていたから。


「見られちゃったかあ。言われたの、初めてだなあ」


 だから──やっと確かめることができてなお、私は次に言うべき言葉が見つからない。葵みたいな、言っちゃなんだけど普通の、地味な子が「そう」するだなんて信じられなかった。葵は屈託なく笑って、赤く透んだカンパリソーダのグラスを傾けているけど、それが本当のことなのか夢を見ているだけなのか、あやふやになってしまうくらい。


 ジントニックのグラスの表面を水滴が伝った。私はもう、葵の顔をまっすぐ見ることができなくなっていた。だって、こんなことを話しながらなんだもの。整形の痕跡や「前」との違いを見出そうとしてるようにしか見えないだろう。それは多分、とても失礼なことのはずだ。さっきも私はそれをしてはいたんだけど、もう同じという訳にはいかない。


「掲載に同意すると、ちょっと割引があるんだよね。だから」


 話しかけられて黙っているのも、失礼なんだろうけど。葵は、尋ねるまでもなく私の知りたいことに応えてくれたんだから。いったいどうして、美容クリニックのパンフレットに顔を載せたりしたのか、って。割引っていうのはありそうなことだ。でも、それって、タダだと誰も載せたがらないってことなんじゃないの? だって──


「バレたら、とか思わなかったの?」

「や、なんで知ってるの? ってなるでしょ? ネットじゃなくて紙だし、そんなに気にしなくて良いかな、って」

「そう、なのかな……?」


 やっと口を開くことができたけど、私の問いは短すぎて、キツい感じになってしまっただろう。なのに葵はやっぱり笑って軽く答えてくれて、気にしないで、って言ってくれてるみたいだった。さっき、初めて言われたって言ってたっけ。


 確かに、言われてみればその通り、だろうか。美容クリニックのパンフレットを入手しているということは、「そういうこと」だ。真剣に整形を検討していると自白したも同然で、だから言いふらすなんてできないだろう。そもそも、ホームページで申し込まないともらえないものだし、人目に触れる機会は思った以上に少ないのかも。普通に暮らしていたら、って但し書きがつくんだろうけど。


「えっと……」


 またも言葉に詰まった私に、葵は今度は少し困ったように微笑んだ。


「琴美は、どこを弄ろうと思ってるの?」

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