紡ぎの調べ
Youlife
序章 拾われた命
第1話 よみがえる音色
町はずれにある、森に囲まれた大型ごみ処分場。
今日も朝から、多くの住民がタンスや書棚など、大きなごみをトラックに載せて続々と施設の中へと入っていった。
新しいマンションへ引っ越すにあたり、入りきれなくなった食器棚を処分しようと、友達から軽トラックを借り、ひとりで処分場へと運び込もうとしていた。
博也が到着したその時、既に沢山のトラックが行列を作って、搬入の時を待ち続けていた。その時、博也の前に停まっている一台のトラックに積まれた古びたピアノに、博也の目が向いた。
このピアノも、自分の食器棚と同じように壊され、処分されてしまうんだろうか?
故障の程度にもよるが、自分だったら直してあげられるのに……。
博也は個人でピアノ調律や修復の仕事をしており、これまで何台ものピアノの修復を手掛けてきた。職人の血が騒いだのか、博也はピアノがこのまま修復されず処分されてしまうことを見逃すわけにはいかなかった。
トラックは少しずつ前へと動き出し、ピアノを乗せたトラックも、施設の中へと吸い込まれていった。
まずい、このままでは、本当に処分されてしまう!
博也はトラックを降り、ピアノを載せたトラックの方へと全速力で走っていった。
「すみません! 止まって下さい! ちょっと!」
博也は両手を広げ、トラックの目の前に立ちはだかった。
すると、トラックは急ブレーキをかけて止まり、運転手の男性が慌てた様子でドアを開けて出てきた。
「おい、危ないじゃないか! 邪魔だよ!」
中年ぐらいの、白髪交じりの男性がスウェットのズボンのポケットに手を突っ込んだまま、博也をにらみつけた。しかし博也は微動だにせず、両手を広げたまま立ち続けていた。
「聞こえないのかよ、おい! 邪魔なんだって。
「このピアノ、どうして捨てるんですか?」
「はあ?」
「僕が見た限りでは、まだ使えるんじゃないかと思うんです。修復しようとは思わなかったのですか?」
「あのなあ、このピアノ、買ってからもう十年経つんだよ。娘が小学生の時、ピアノ習いたいというから買ったんだ。でも、いくら習っても上達しなくてコンクールでも入賞できなくて、娘はだんだんピアノに見向きもしなくなった。もう長いこと誰もこのピアノを弾いていないし、今度引っ越すのに合わせて、捨てることにしたんだ。修復もくそもない。ただ邪魔だから捨てるだけだよ」
「それではこのピアノはかわいそうです。まだ弾けるかもしれないのに」
「はあ? 弾けるかもだって? 何年もほったらかしで、錆びついてもう音もちゃんと出ないんだぞ。素人がなにほざいてんだよ」
「いえ、僕はピアノの修復の仕事をしてるんです。良かったらこのピアノ、僕が引き取っても良いでしょうか?」
「あのな、もう処分場への搬入券を買っちまったんだよ。その代金を無駄にしろっていうのかよ?」
「じゃあ、僕がその代金をあなたに支払います。お願いします、引き取らせてください!このピアノの命を助けたいんです」
「ケッ! しょうがねえな。じゃあ、積み込むの手伝えよ」
「あ、ありがとうございます」
男性は「何だよこいつ」と言いながら、ポケットに手を突っ込んだまま再びトラックに乗り込んだ。博也は男性の背中に向かって、深々と頭を下げた。
処分場に到着すると、男性が荷台からピアノを降ろし、博也のトラックへとピアノを積み直した。博也はピアノをロープでしっかりと固定すると、両手で埃を軽く振り払った。
「あやうく捨てられるところだったね。さ、これから僕が君をよみがえらせるから、もう少し待っていてね」
博也は埃を払いながら、ピアノに語り掛けるかのようにつぶやいた。
「おい! ピアノの搬入券代は? 二千円かかってるんだから、すぐここで払えよ。本当はここまでのガソリン代も払ってもらいたいが、それは免除してやるよ」
博也のトラックの真下で、男性は相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、不機嫌そうにがなりたてた。
博也は財布から千円札二枚を抜き取ると、荷台から手を伸ばして真下にいる男性に手渡した。男性はそれを奪い取ると、そのままトラックに載り、加速音を上げながら去っていった。
博也はマンションに帰る前に、自分の工房に立ち寄り、譲り受けたばかりのピアノを降ろした。早速ピアノの鍵盤に触れ、音の具合を確かめた。しかし、いくら鍵盤にふれても音は掠れるかのように小さく、とても演奏できる状態ではなかった。
おそらく何年も放置し、内部が腐食している可能性があるのかもしれない。
しかし博也には、これまで何台ものピアノをよみがえらせてきたという自負がある。学校やピアノ教室から頼まれたものだけでなく、倉庫の奥で眠っていたものや、大雨で浸水してしまったものまで、幅広く手掛けてきた。
博也の手でよみがえったピアノたちは、今も現役で演奏されている。このピアノも、何としてもよみがえらせたい。活躍の場を失い、邪魔者扱いされ、危うく一命を取り留めたこのピアノに、ふたたび活躍の場を与えてあげたい。
「大丈夫、お前のことはこの僕がちゃんと直して、もう一度誰かに弾いてもらえるよう、がんばるからな」
博也はピアノに手を当てると、目を見開き、決意を語った。
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