第45話 ボクシングのトレーニング②
こっそりと平山の練習を偵察に行った。
部室内の足元に付いている小窓。
そこから僕は中を覗いていた。
平山はスパーリング相手を、難なくノックダウンさせている。
その姿を見て、僕はガタガタと震えていた。
強いのは分かってたけど……あんなに強かったのかよ。
「あれと戦うつもりか?」
気が付くと、いつの間にかリーゼが隣にいた。
彼女のいい香りを鼻の奥に感じる。
僕の顔に引っ付けるように顔を近づけ、リーゼは小窓から一緒に中を見ていた。
「いや、違う」
「なんだ、違うのか」
「うん……あれに勝つつもりだ」
「……なるほどな」
戦うだけではいけない。
あいつに勝たなければいけないのだ。
そうしなければ指輪は返ってこない。
勝つことが絶対条件。
それ以外のことは考えるな。
「リーゼはどう思う?」
「さあ? 男の好みは人それぞれだろ?」
「好みの話はしてないよ! 僕が勝てそうか訊いてるの! ちなみに僕のことは好みですか!?」
リーゼはじーっと平山のシャドーを見ながら、僕に言う。
「うん。お前じゃ勝てないな」
「やっぱり……」
僕は肩を落とす。
しかし、リーゼは続ける。
「現状ではな」
「……え?」
「どうせ勝てるぐらいには強くなるつもりなんだろ?」
「と、当然だよ……絶対に勝つよ!」
リーゼはあくびをしながら踵を返す。
「だったら心配ないだろ? だってお前はやると言ったらやる男だからな。私はそのことをよく知ってる」
「……リーゼ」
僕はリーゼの言葉に胸を高鳴らせ、愛おしい彼女の身体を後ろから抱きしめた。
リーゼは耳を赤くしながら、ピタリと動きを止める。
「お前は頑張る男だからな……私の好みだよ」
「!!」
飛び上がりたい、そして踊り出したい気分だ。
リーゼが……僕のことをリーゼが好みだと言ってくれた。
こんな嬉しいことない。
誰に褒められるより嬉しい。
僕はリーゼと手を繋ぎ、そして歩き出す。
「リーゼのために勝つことが決まりました」
「決まったのか。気が早い奴だな」
「ええ。何がなんでも勝ってみせます。なので、これから練習を頑張ります」
勝つのを決めたとて、練習をしなければ勝つことはできない。
だから練習あるのみ。
◇◇◇◇◇◇◇
いつも通り公園でワンツーの練習をし、今回からはステップの練習も追加だ。
平山の動きを思い出しながら、基本的なステップをする。
構えたまま前後左右に移動。
そしてパンチを放ちながら相手の利き腕と逆の方向に回っていく。
「おい。耕太」
「え?」
練習をしている僕に、リーゼが声をかけてくる。
彼女の方を振り向くと、なんとリーゼはミットを構えていた。
「ど、どうしたの、それ?」
「ネット通販で買った。グローブも買っておいたから」
どんだけできる嫁なんだよ!
最高のサポーターで最強の癒し。
こんないい子、他にいる?
僕は感動で涙を流しながらグローブをはめる。
「…………」
「どうした? 打ってこい」
しかし。
彼女がミットを構えている姿を見て、どうも打ち込むことに躊躇してしまう。
可愛いリーゼに向かってパンチを放つなんて……僕にはできない。
彼女が怪我をしたらどうするんだ?
そんな僕の考えを読んだのか、リーゼは眉間に皺を寄せる。
「おい。私を普通の女と勘違いしていないか? もしそう考えているのなら、今すぐあの男をぶっ飛ばしてきてやる。それで納得するか?」
そうでした。
リーゼは僕ら人類の考えからでは想像できない程の力を持っているのだ。
心配は無用か。
僕は大きく息を吐き、遠慮なく拳をミットに叩き込む。
「ん。悪くないんじゃないか? しらないけど」
リーゼから見たら大したことないだろう。
少し悲しみを覚えながらも、僕はワンツーを繰り返す。
「いいぞ。さっきよりさらに良くなった。ほら。もっと打って来い」
「リーゼ、途中にミットでこちらを攻撃してほしい! 避ける練習になるから!」
「ああ、分かった」
ワンツーを出していると、リーゼはフックぎみにミットを打ち出してくる。
だがその速度が尋常ではなかった。
え? 速すぎない?
人間では反応しきれない速度。
僕はリーゼのミットを顔面に食らい――派手に吹き飛んだ。
「んぎゃああああ!」
「……悪い。手加減したつもりだったんだけど」
僕はリーゼの攻撃に滑り台の頂上まで吹き飛ばされた。
ふらふらしながら三角座りで滑り台を滑る。
リーゼ……強すぎ!
常識外れの力を有しているのを再確認。
仕切り直しだ。
ミットに向かってパンチを繰り出していく。
リーゼはなんだか難しそうな顔をしながら、ミットを突き出した。
手加減に手こずっているのだろう。
だが、今度はちょうどいい感じの攻撃で、僕はそれを回避してみせる。
「お、今のはいい感じだったな」
「うん。今ぐらいでお願いするよ」
攻撃と回避の練習。
なんだか夫婦二人三脚みたいで楽しくて嬉しくて……
その後もほわほわした気分で練習を続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
長時間の練習でクタクタになりつつも、エネルギー補給で食事はしっかりとならなければ。
僕らはステーキ屋へと入り、ガッツリとステーキを食べることにした。
肉が力になっていく感覚。
これはまた強くなっただろう。
多分。
「なあ、明日からスパーリングというのをやってみるか?」
「スパーリング……?」
「ああ。私が相手してやるよ」
十枚目の肉を食らいながらリーゼはニヤリと笑う。
これ、死なないだろうな?
僕は彼女の笑みに背筋を冷やし、変な緊張をする。
え? 本当に死なないよね?
だがリーゼとのスパーリングが、僕の実力を爆発的に上昇させることは、この時はまだ知らなかった。
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