第44話 ボクシングのトレーニング①
早朝四時。
まだ空が暗い中、僕はむくりと起き上がる。
そして恒例のリーゼの尊顔を拝む時間。
しっかりと五分彼女の寝顔を見て、ジャージに着替えて外に出る。
早朝トレーニングだ。
体力はもうそこそこ自信がある。
マラソン大会のおかげだ。
だが体力はどれだけあっても困りはしない。
三十分ほど走り、近くの公園に向かう。
そこで僕は、ジャブの練習を始めた。
「ステップをすると同時に左手を出す。後ろに下がると同時に左手を引く」
ボクシングの基本であり最大の武器となり得るジャブ。
まずはこれをマスターしよう。
『左を制する者は世界を制する』なんて言葉もある。
それだけジャブが大切だということであろう。
僕は自分の身体に全力で集中しながらジャブを幾度となく繰り返す。
集中しているのとしていないのでは、圧倒的な差が生まれる。
ダラダラとトレーニングをするより、キッチリ集中してやる方が絶対的に成長できるのだ。
音楽も聞かない。
人によって違うだろうが耳から音が入ると僕の場合、集中力が落ちてしまう。
ただ基本に忠実に、ジャブを放つ。
同じ動きで打てるように。
同じリズムで打てるように。
力が腕に伝わっているのを感じながらガムシャラに打ち続ける。
長時間ジャブに集中し、とうとう腕が上がらなくなってしまっていた。
重たい……バカみたいに荷物を持った後みたいに重たいぞ……
それも左手だけ。
僕は息を切らせ、リーゼの朝食の用意をする時間が迫っていることに気づき、帰宅することにした。
「ほら。これ飲みなよ」
「……リーゼ」
リーゼは学生服を着て、水を持って来てくれた。
僕は感激しながら、彼女が手渡してくれた水を飲む。
ゴクゴク音を鳴らしながら飲む水。
リーゼが運んで来てくれたと考えると、より一層うま味を感じる。
「ありがとう。生き返ったよ」
「お前は集中し出すととことんまでやるタイプだからな」
「うん。リーゼのためなら限界ぐらい軽々と超えてみせるよ」
「そうか。何をやっているのか知らないが頑張れ。応援はしてやるよ」
「……ありがとう」
僕はリーゼに抱きつこうと考えるが……自分が汗臭くなっているのではないかと不安になり、感情を押さえ込んだ。
「でもリーゼ、なんで制服なの?」
「だって別の服を着たらこの後また着替えなきゃいけなくなるだろ。そんなの面倒だ」
「そりゃそうか」
僕はリーゼの笑顔に癒されながら帰宅した。
その後はリーゼの朝食を作り、山下を迎え入れ、彼女たちがゲームをしている横でボクシングの研究をする。
とりあえずこの一ヶ月はボクシング漬けの毎日としよう。
携帯を封印された授業中も、頭の中で覚えたことの再確認。
昼休みは屋上でジャブの練習。
学校が終わるとまた自主トレーニングの時間だ。
まず走り込みをし、今朝の公園へと移動する。
息を切らせていたが、リーゼがドリンクを持って待っててくれたので、彼女の顔を見るだけで生き返る気分だった。
リーゼがいるだけで僕は蘇る。
なんだかゲームの回復ポイントみたいだ。
そこから僕はストレートの練習をすることにした。
地面を左足で蹴り、その力を右拳に乗せてやるイメージ。
同時に腰を回転させることを忘れず、しっかりと体重を乗せる。
拳は最短距離で移動。
後ろに振りかぶったり、無駄な動作は必要ない。
すると、ボンッと空気が爆ぜるようなストレートが放つことができた。
「ふーん。そこそこいいの出たんじゃない?」
「そ、そうかな?」
「多分だけど。一番良かったと思うよ」
リーゼはゲームをしながら僕の練習に付き合ってくれていた。
彼女が横にいるだけで体力は無尽蔵に沸いてくる。
やはり彼女は、僕の回復ポイントなのだ。
良い感じにできたストレートの感覚を忘れないように身体全体を意識して何度も拳を振り続ける。
その次に、ジャブとストレートを組み合わせたワンツーの練習をした。
左を出して右を出す。
最短距離をイメージしろ。
無駄な動作は、相手に攻撃を知らせるようなものだ。
「最短距離で……シュッシュッ。最短距離で……シュッシュッ」
パンチと同時に息を吐くのも忘れない。
ただパンチを繰り出すだけなのに、色々とやることが多いなぁ。
考えながらならできるが、これではまだ技術とは言えない。
無意識で放つことができて初めて技術だ。
こんなのはまだまだできるとは言えないのだ。
極めるのは全然無理だろうが……ワンツーをしっかり使えるレベルまでは昇華させてみせる。
と言うか、それぐらいできなければ勝つ見込みはゼロと言えるだろう。
無駄な動作もだが、時間を一秒も無駄にしたくない。
とにかく訓練。とにかく成長だ。
「あの……今日の晩御飯は外でいい?」
「ああ。お前の用事が終わるまで、外でもいいぞ」
晩御飯の用意のことが気になったが、リーゼは気にすることなく僕の提案を受けれてくれた。
その上、僕の戦いが終わるまで外でもいいなんて言ってくれるとは……
本当にいい奥さんを貰えたんだなぁ、僕。
リーゼのありがたさをしみじみと感じながら、僕はワンツーを繰り返していた。
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