第43話 決意の昼休み

「…………」


 楓たちが去り、僕の中から怒りが収まっていく。

 怒りが収まると、次は情けなさが容赦なく襲い掛かる。


 指輪を取られてしまった……

 本当に情けない。

 今日はもう帰りたい気分だ。


 だけどまだ一限目も始まってもいない。

 この後一日中家で落ち込むと考えると、それはそれで辛すぎるような気もする。

 周りに誰かがいてくれた方が気がまぎれるか。

 あ、でもリーゼが一緒にいてくれたらそれでもいいよな……

 

 しかし、そんな格好悪い姿を一日リーゼに見せるというのか?

 それは嫌だ。カッコ悪すぎる。

 リーゼが慰めてくれるというのなら、僕は彼女の胸で一ヶ月ぐらい泣き続けるであろう。

 でもリーゼはそんな性格していないような気がする。

 慰めるよりケツを叩かれるであろう、と僕は考えた。


 うん。このままなんでも無かったような顔をして教室に戻ろう。

 リーゼに悟られないように、静かに戻ればいいや。


 一限目のチャイムが鳴る。

 僕は膝を抱えてとりあえず落ち込んでおく。

 戻るにしても、今のメンタルじゃちょっと無理だな。

 ここで落ち込んでから帰ろう。


 僕はそこでみっちり落ち込み、二時限目から顔を出した。

 リーゼは寝ていたらしく、僕が一限目にいなかったことに気が付いてない。

 ホッとしながら授業を受ける僕。

 だが次は思い出したかのように、怒りが込み上げてくる。


 あの二人……絶対に許さん。

 絶対に勝つ。

 絶対に勝つ。


 例え相手が強かろうと、例えボクシング部のエースであろうと、例えどれだけカッコよかろうと関係ない。

 何が何でも僕が勝つ!

 どれだけ惨めでもカッコ悪くても、平山を倒してみせる。


 『為せば成る為さねば成らぬ何事も』


 現状勝てないなら勝てるようになればいいだけだ。

 それだけのことをすればいい。

 僕はリーゼのためならどこまでも強くなれる。

 不可能なんかじゃない。

 神様は、超えられない試練は与えないのだ!


 僕は授業を聞くふりをしながら携帯を操作する。

 ボクシングのことをとことんまで調べるんだ。

 一秒だって無駄にしない。

 勝つために時間を積み重ねろ。

 それがあいつに勝つための唯一の手段だ。


 僕は燃える瞳で携帯を凝視していた。

 そうしていると教師が僕の熱量に気づいたのか、こちらに近づいてくる。


「何をやっているんだ、蓮見?」

「はい! ボクシングが強くなる方法を調べています!」

「なるほど……熱心なのはいい。だけど今は授業中だ。こちらに集中してくれ」


 そう言って、教師は僕から携帯を取り上げる。

 僕は少し落ち込むが、しかし、先ほど見た情報を頭の中で何度も確認していた。


「で、お前はどこに行ってたんだ?」

「…………」


 昼休み。

 リーゼと食堂で食事をしていると、彼女はそう訊いてきた。

 完全にバレていたようだ。

 僕は焦りながら、誤魔化すように彼女に言う。


「そ、それぐらいじゃまだまだ足りないだろ?」

「お前、露骨に話を逸らしたな……足りないけどさ」


 リーゼの前には、うどんと丼物のセットが三つ。

 こんなの足りるわけがない。

 僕は新たに注文するため、走っていく。

 走るというか、逃げるというか……

 とにかく、リーゼから距離を取った。


 注文をしようとしたら、なんと食堂のおばさんは新たにセットを用意してくれていた。


「ほら。まだまだ食べるんでしょ、あんたの彼女」

「おばさん……」


 いつものことだからか、僕らのことをよく理解してくれている。

 ほんのり感動を覚え、おばさんにお金を支払う。


「あ、ちなみに彼女じゃなくて奥さんですから」

「えええ? あんたら結婚してるの?」

「ええ。熱々ですから! うどんなんかよりずっとね!」


 追加されたセットは四つ。

 これでもまだ足りない。

 僕は二セットをリーゼのもとに運び、そしてもう二セットを取りに戻ってまた運ぶ。


「で、どこに行ってたんだ?」


 話は振り出しに戻る。

 リーゼは僕を逃がしてくれるつもりはないらしい。

 だがしかし、彼女は僕の薬指を見て、顔色を変えた。


「……おい。指輪はどうした?」

「あ……えーっと……」


 説明はできない。

 リーゼに話をすると、指輪を捨てられてしまう。

 

 楓の話をリーゼにしたら、全部解決してくれそうな気もするが……

 でも、僕が解決したい。

 この燃え滾る愛の力で、あいつらに勝利したいんだ。


 僕は真っ直ぐリーゼを見つめ、口を開く。


「今は指輪がないんだ」

「何故だ?」

「理由は……話せない。今は言えないんだ」

「…………」


 ギロッと凄みをみせるリーゼ。

 威圧感が凄く、僕はたじろいでしまう。


 楓はこれを想定していたのか…… 

 指輪が無くなることによって、僕たちの関係にヒビが入る。

 そう考えていたのかよ。


 ストレスでお腹が痛くなる。

 リーゼに睨まれていることではなく、リーゼに説明できないことにストレスを感じていた。


 このまま仲が悪くなってしまうのか?

 僕は圧倒的な不安を感じ、彼女の目を見つめ返していたが……

 ふと、リーゼの顔色が元にも取る。


「お前が言えないってのなら訊かない。それだけそれなりの理由があるってことだろ」

「リーゼ……ありがとう」

「私はお前を信じているよ。話せないのなら、全部解決してから教えてくれ」

「リーゼ! 本当にありがとう! 大好きだよ!」


 僕はリーゼの身体を強く抱きしめた。

 彼女はふんと鼻を鳴らしていたが顔を真っ赤にしている。

 可愛いリーゼ。

 僕は絶対にこの子とのつながりである指輪を取り返してみせる。

 そう決意した昼休みであった。

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