第42話 強襲、楓と平山

 屋上へ行くと、案の定楓がいた。

 本当になんの用事なんだよ……

 またリーゼに痛い目に遭わされるぞ。


 だが今回の楓はいつも以上に不敵で傲慢に見える。

 彼女の隣には美男子がおり、彼は僕を見下しているように見えた。

 友達でも連れて来たのか……?

 あいつは確かボクシング部のエース、平山だったよな。

 もしかして、あいつを使ってリーゼを倒そうと考えているのか?

 それだったら無理にも程がある。

 あの子にはこの世界の常識なんて通用しないのだから。

 リーゼに勝ちたかっら、戦車ぐらい用意しないと。

 ……でもそれでも倒せないような気がするのが怖いところ。

 リーゼの強さがどれぐらいのものか、実際のところ僕にも分からないのだから。


 この世界でトップクラスの格闘家でもリーゼには敵わないと思う。

 それはまぁ、間違いないだろう。

 そんな彼女に、高校生の中で強いぐらい程度の相手を連れてきても、どうしようもないぞ。


 僕は少し呆れならが楓に話しかける。


「あのさ……今の僕に手を出さない方がいいと思うよ。リーゼが怒るから。そんな助っ人呼んできたところで、意味なんてない」

「意味? 意味無いことなんて私大っ嫌いだから……」


 そう言いながら、楓は何かを探っているような視線をこちらに向ける。

 すると僕の左手の薬指の輝きに気づき、苛立ったような顔をした。


「……何キモイのつけてんの?」

「こ、これ? いやー、リーゼとペアリング買ってさ――」

「それがキモイって言ってんの! 何ニヤニヤしてんのよ! マジキモイから、説明とかもいいから!」


 僕としては自慢したかったのだが……楓は本気で気持ち悪がっているようだ。

 なんで楓はこんなに僕を目の敵にするんだろう?


「蓮見、耕太」

「……何か?」

「俺は、カッコいいと思うだろ?」

「「…………」」


 僕は平山の言葉に固まった。

 楓も彼の隣で固まっている。


 なんだこいついきなり。


「俺のように美しい男の隣には、リーゼロッテのような女がよく似合う。お前には勿体ない女だよ」


 そんなの重々承知だ。

 だけど、僕はリーゼの隣にいる。

 それだけは絶対に譲れない。


「それを選ぶのはリーゼだ。彼女は僕を選んでくれた。君がどれだけいい男だったとしても、リーゼが君を選ばなければ彼女の隣に立つことは許されない」

「彼女に俺を選ばせてみせるさ」


 平山は髪をバサッとかきあげる。

 そして、いきなり僕に向かって駆けてきた。


「なっ――」

「シッ!」


 平山のボディーフックが僕の腹に突き刺さる。

 あまりの威力に僕はその場に膝をついた。

 内臓がひっくり返ったような気分。

 息ができない。

 今朝食べた、フレンチトーストを吐き出してしまう僕。

 息ができず、ニヤリと笑う平山をただ見上げていた。


「ほら。外しなさいよ、その指輪」

「―――――」


 楓が強引に僕の指から指輪を外してしまう。

 それをポケットにしまい、僕を見下ろしてニヤニヤしている。


「いいこと思いついた! あんた指輪取られたことあの女に言ったら、これ絶対返さないから」

「な……何を言ってるんだ……」


 ようやく呼吸ができ、僕は苦しみながらも、楓に手を伸ばす。

 だが楓の前に平山が立ち、僕の手を踏みつける。


「ぐっ……」

「この指輪を賭けて勝負でもしたら?」

「勝負?」

「ええ。あんたと耕太がボクシングで勝負してさ……耕太が勝てたら指輪を返してあげるってのはどう?」

「ははは。そんなの勝負にもならないよ。俺はボクシングの全国大会優勝候補だよ? こんな弱そうな男に勝てるような相手じゃない」

「だから面白んじゃない。絶対勝てる勝負って私、好きよ」


 楓は相変わらず腹が立つ笑みを浮かべたまま。

 平山は肩を竦め、「仰せのままに」なんて言っている。


「まぁ、俺はリーゼロッテにこいつのカッコ悪いところを見せつけれればそれでいいからね。完膚なきまでに叩きのめし、その後君の奥さんをいただくとしよう」

「ふ、ふざけるな……僕はそんな勝負、絶対にしないぞ!」

「いいけど。この指輪ゴミに出すわよ」

「楓……お前は僕の何が気に入らないんだ! 昔っからずっと……なんで僕にちょっかい出すんだよ!」


 楓はギリッと歯を噛みしめ、僕を睨み付ける。


「なんであんたは分んないのよ……私の気持ちが!」

「なんだよ、楓の気持ちって!?」

「ちょっとぐらい考えなさいよ! 勝手にあの女と結婚して……許せるわけないじゃない!」

「なんで楓に許してもらわないといけないんだよ!」


 楓は苛立ちを隠せず、僕を叩こうと近寄ってくる。

 いつもこうだ。

 少し自分の考え通りにいかないと暴力を振るおうとする。

 

 だが、楓が僕に暴力を振るう前に、平山が彼女を止めた。


「あんまり手を出したら印象が悪くなるよ」

「わ、私たちはこうやってやってきたからいいのよ!」

 

 楓は興がそれた、と言ったような顔をして、僕から視線を逸らす。

 平山は僕を見下ろしたまま、自分の拳を握り締め、僕に言う。


「一ヶ月時間をやる。どうだ? 俺と勝負しないか? お前が勝てたら指輪を返させる。それは約束するよ」

「…………」

「俺の目的はさっきも言った通り、リーゼロッテに君のカッコ悪いところを見せてやりたいだけだからさ。な?」


 選択肢など無いじゃないか。

 僕は怒りを覚えつつも、静かに首肯した。


 平山と楓は満足したのか、屋上を後にする。

 僕は拳で地面を殴りつけ、平山に勝つことを決意していた。

 

 指輪は絶対に取り戻す。

 あれは僕とリーゼの繋がりの一つなんだ。

 絶対に強くなってやる……あいつに勝てるぐらい強くなってみせる!

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