第40話 フレンチトースト

「…………」


 朝の日課。

 眠るリーゼの尊顔を拝み、そして彼女の頭を下げる。

 今日もここにいてくれてありがとう。

 これで本日も元気に頑張れるというものだ。


 時間は現在六時ジャスト。

 今から朝食の用意をし、山下が迎え入れる準備を済ませる。


 今日の朝食はフレンチトースト。

 これもリーゼはまだ食べたことがないはずだ。


 ポウルに卵、牛乳、砂糖を入れ、その中に食パンをドボン!

 よくしみ込まれたら、バターをしいたプライパンに入れる。


 薄黄色になった食パンがジューっと音を立てて踊り出す。


 少し甘い香りが漂い、その音と匂いでリーゼが目覚める。


「おはよう……今日はなんだ?」

「今日はフレンチトースト。美味しいと思うからシャワー浴びてスッキリしてきなよ」

「ああ。いつもありがとうな」


 そう言ってニッコリと笑うリーゼはとても綺麗だった。

 そして彼女の左手の薬指でキラリと光る指輪……

 僕は自分の指輪を見下ろし、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる。


 カップルの証。

 結婚している証。

 夫婦の証。

 

 これまで以上に、なんだか本当に夫婦なんだなって実感ができる。

 指輪に気を取られて、フレンチトーストのことを失念しかけるが、少しの匂いの変化で僕は調理に意識を戻した。

 本当にほんの少しの焦げる香り。

 パンをひっくり返すと、綺麗な黄金色になっていた。

 うん。完璧だ。

 これはどう考えても美味しいだろう。


 テーブルに蜂蜜を置いて、もう片面をよく焼いてやる。

 そして出来上がったフレンチトーストも、テーブルに運ぶ。


「本当にいい香りだな。いっぱい用意してくれてるだろ?」

「当然だよ。リーゼが満足してくれるまで用意するつもりです」

「ふーん。言っとくけど、どれだけでも食べれるけど、大丈夫?」

「……そう言われると不安になります」


 食パンは二十ほど購入済みだ。

 しかし……悪そうに笑うリーゼを見ると、それでも足りないような気がしてきた。


「…………」

「どうした?」


 僕はリーゼに見惚れていた。

 彼女は現在バスタオル一枚の姿。

 あれ? この子は神話に出て来る女神様だったっけ?

 そう思えるぐらい、リーゼのバスタオル姿は美しかった。


 細い腰のライン。

 豊満なバスト。

 魅惑的なヒップ。

 まるで完璧に設計された建築物かのように。

 全てがリーゼを魅力的に魅せるためのパーツのように感じられる。


 まさにパーフェクトボディー。

 完璧美少女が、俺の目の前にいる!


 リーゼは僕の視線に気づいたのか、ハッとして赤面していた。

 そんなリーゼもとてつもなく可愛く、僕は涙を流す。


「可愛い……」

「か、可愛くて泣くなんてありえないだろ!」


 いや、だって尊いし。

 誰だって神様と遭遇したら泣いちゃうものでしょ?

 僕の心境は神様と出逢ったようなものだ。

 涙なんて当然のように溢れるというものさ。


 リーゼは部屋の扉を勢いよく閉め、僕は廊下に独りぼっちとなる。

 まぁ彼女が着替えてる間はいつもこうだけど。

 僕はフレンチトーストの調理を再開させる。


 料理をしていると、玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、僕の予想通り山下であった。

 と言うか、こんな時間に来るのは山下ぐらいしかいないだろう。

 後あるとすれば、緊急のことぐらいだな。

 近所に立てこもり犯が現れたとか、そんなぐらいしか思い浮かばない。

 ってか、立てこもり犯が現れたとしてもここに誰かが来るわけもないが。


「おっはよー! お、今日はフレンチトーストなんだ。私一枚でいいからね」

「分かってるよ山下も僕も一枚だけ。後はリーゼの分だから」

「……相変わらず凄い量だね」


 キッチンに置かれている食パンの数を見て呆然とする山下。

 そして奥の部屋の扉が閉まっていることに気が付いた山下は、ニヤリと笑みを浮かべて、部屋の中へと突入する。


「リーゼおはよう! 今日も美乳だね!」

「おい、コラ! 何やってるんだ!」


 バタバタと暴れている二人の音が聞こえてくる。

 山下は楽しそうに、リーゼは少し怒っているようだ。


「あっ……この、アホ!」

「ぎゃん!」


 リーゼの色っぽい声と共にゴキンという鈍い音が家の中に響き渡る。

 何があったの?


 着替えも済んだ頃だろうと考え、僕はフレンチトーストの山を持って部屋に入る。

 すると頭に大きなこぶを作った山下が、正座してリーゼを見上がている姿があった。


「ごめんなさい」

「冗談も程々にしておけ」

「はい……」


 どうやら肘を頭に喰らったらしく、山下は涙を浮かべながら頭をさすっている。

 だがそれは自業自得というものだ。

 悪いのは山下なのだろうから、同情の余地はない。

 

「ほら。早く食べて。冷める前に食べた方が美味しいから」

「ああ。いただきます」

「いただきまーす」


 パクパクとフレンチトーストを食べ始めたリーゼは、子供のような笑みをこちらに向ける。


「美味しいよ。こんな食べ物もあるんだな」

「良かった。その蜂蜜をかけても美味しいから、好きに使って」

「私もかけよっと」


 リーゼと山下は、蜂蜜をフレンチトーストにかける。

 それもメチャクチャな量をだ。

 適量という言葉を知ってる? と尋ねたくなるほどにかける二人。


 僕は少し呆れながら、フレンチトーストの調理へと戻った。

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