第39話 楓と平山修二

 楓は放課後、一人でイライラしながら学校の中を歩いていた。


 あの女……何、我がもの顔してんだよ。

 耕太は私の物だ。

 子供の頃からずっと一緒にいたのは私なんだから。


 リーゼに対して苛立ちを隠せない楓。

 耕太のことが本当に好きで、なんとしてでも彼女から取り戻したいと考えている。


 しかし、自分の力ではリーゼに勝つことはできない。

 耕太に近づくだけではダメだ。

 二人の仲を引き裂かなければ、あいつから耕太を取り戻すことはできない。

 悔しいが、耕太は今あの女に魅了されているような状態だ。

 まずはあの女から解き放たれなければいけない。

 そのためにはどうするか……


 丁度そこで、噂話をしている男子がおり、興味深い話をしていたので楓は立ち止まって聞き耳を立てる。


「聞いたか。ボクシング部の平山修二ひらやましゅうじ。あいつ、蓮見の奥さんに興味深々らしいぜ」

「ああ……蓮見を倒して手に入れるなんて息巻いてたな」

「他人の物を欲しがるかね?」

「でもあれだけ可愛かったら欲しがっても仕方ないよな」


 男たちは「確かに」などと言って頷いている。

 

 なんであんな女が人気なのよ。


 楓はその噂話を聞いて、さらに腹を立てる。

 しかし、平山があの女を欲しがっているとは……

 これは使えるかも知れない。


 平山は端正な顔立ちで勉強もできスポーツも万能。

 女から見れば、まさに夢のような物件だと言える男子だ。


 あいつを焚きつければ、もしかしたら耕太を取り戻せるかもしれない……

 ニヤつきながら、楓はボクシング部へと走って行く。


 ボクシング部に入ると、ムワッと汗の匂いが充満しており、楓は露骨に顔を歪める。


 平山はスパーリングをしており、対戦相手を圧倒しているところだった。


 楓はリングで闘う平山を眺めている。


 相手のパンチを避け、アッパーカットを炸裂させる平山。

 対戦相手はその一撃で気を失ってしまう。


「平山! もっと手加減しろと言ってるだろ!」

「ははは。すいません。力加減をミスしました」


 本当は全力で相手を殴りつけた平山。

 悪気れる様子もなく、言い訳だけをしていた。


 ヘッドギアを外すし、汗に濡れた金髪を振り、美男子と呼ばれるその顔を露わにする。

 楓はその容姿に感嘆の声をあげる。


「噂通り、いい男みたいね」

「君は……?」

「私は遠藤楓。あなた、蓮見リーゼロッテって女に興味あるんでしょ?」


 平山はロープ越しに楓を見下ろし、ニコリと笑顔を向ける。


「この学校でリーゼロッテさんに興味ない男はいないでしょ」

「あはは。それがなんかムカつくんだよね……」


 二人は笑顔を向け合い、しかし何かお互いの似ている部分を感じ取ったのか警戒心を解く。


「監督。ちょっと休憩入ります」

「早く帰ってこいよ」

「分かってますよ。自分、ボクシングは大好きなんですから」


 その言葉に嘘偽りは無かった。

 心からボクシングを愛している平山。

 彼は本気でボクシングに撃ち込んでいるのだ。


 部室から出て、裏庭で会話をする二人。


「で、あんたは何が気に入らないの?」

「よく分かったね。俺はあの蓮見康太って男が気に入らないんだよ。なんであの程度の男が、リーゼロッテと結婚してるんだよ」

「結構いい男だけど、耕太は」

「え?」

「ううん。なんでもない」


 彼の問いに首を振り、楓は続ける。


「ねえ。なんとかあの女を耕太から奪い取って欲しいんだけど」

「奪い取って欲しい、か……まぁ、いずれそうしようと俺も考えていたからいいんだけどさ……好きなんだ、蓮見のこと」

「うん。ずっと好きだった。なのに突然あの女が横取りしたのよ」


 歯をギリギリと鳴らし、平山を睨み付ける楓。

 平山は楓に落ち着けといったジェスチャーをする。


「僕はリーゼロッテじゃないよ。相手を間違えないでくれ」

「ああ、ごめん……」

「……まぁ、お互いに利害は一致しているということだな。俺はリーゼロッテを、君は蓮見を欲しがっている」

「うん」

「なら、俺たちは協力しあえるってことだ」

「そういうこと」


 ニヤリと笑い合う楓と平山。


「で、どうやってあの二人を引き裂くつもりだ? 見たところ、悔しいが仲が良さようにしか見えないけれど」

「……それは、今考えいている途中」

「なるほど……俺もどうするか考え中だ」


 二人は同時に苦笑いする。

 耕太とリーゼは仲がいい。

 それは周知の事実である。

 その上、二人は結婚までしているのだ。

 中々二人の仲を悪化させるのは、至難の技であろう。


 だがなんとしてでも彼と彼女を手にしたい楓と平山。

 二人は作戦会議をすることとなった。


「部活が終わるまで待っててくれないか。君とはじっくり話がしたい」

「ええ、いいわよ。じゃあ近くのコンビニで待ってるから」

「ああ。分かったよ」


 二人は結託し、耕太とリーゼロッテを手に入れようとしていた。

 

 耕太とリーゼロッテはまだ知らない。

 水面下で二人の魔の手が二人の仲を切り裂こうと動き出していたことに。


 楓は片頬を上げ、冷たい笑みを浮かべて、平山の部活が終わるのを待つ。

 平山はボクシングに精を出しながら、リーゼロッテを我が物にすることを想像していた。

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