第25話 山下とコーヒーショップで

「ねえねえ旦那くん。何飲むの?」

「うん? 僕は普通のコーヒーかな」

「じゃあ私もそれにしよっと」


 僕たちはコーヒーショップにやってきており、山下は僕の飲み物を聞いてそれを注文していた。

 なんで一緒のにするの?

 そう考える僕であったが、僕より先にリーゼが言う。


「なんでお前が耕太と一緒の物を注文するんだよ」

「えー。だって、なんか一緒の飲みたくならない?」

「それは夫婦だったり恋人同士だったりしたらそうだろうさ。でもお前と耕太は赤の他人だろ」

「でもリーゼの旦那さんだよ? 友達の旦那ってことは、私の旦那みたいなもんでしょ? ほら、友達の友達は友達って言うじゃない」 


 山下の発言に僕とリーゼは呆れ返る。

 そしてリーゼは僕と山下の間に入り、彼女を睨みながら続けた。


「お前……相当面倒な性格してるみたいだな」

「あはは! 冗談だってばリーゼ。ちょっとからかってみただけ」


 ケラケラ笑う山下。

 リーゼは嘆息して、彼女に言う。


「どちらにしても面倒な性格してるみたいだな」

「そ、それでリーゼは何飲むの?」

「……キャラメルマキアートというのを飲んでみたい」

「ああ、あれね……初めての物だもんね」

「ああ」


 僕とリーゼのやりとりに、山下がニヤリと笑う。


「お互いに分かり合ってるんだ」

「そ、そんなんじゃない――」

「当然だよ! 僕とリーゼはお互いを尊重し、お互いを理解し合おうと努力し合っているのだから! 僕はリーゼの全てを知りたいと考えている。だから、彼女が何故キャラメルマキアートを飲みたいのかということを考案すると、やはり初見の物を飲みたいのだろうなと――」

「もういい……喋り過ぎだ」


 僕は興奮して顔を赤くしていたが、リーゼは普通に赤面していた。

 あれ? もしかして恥ずかしかったの?

 何が恥ずかしかったのだろうか……


 山下はクスクス笑いながら、出来上がったコーヒーを受け取っていた。


「リーゼは山下と席に行っててくれ。僕がリーゼの分も運ぶから」

「ああ。頼むよ」

「じゃあ私のも持って行ってよ」

「もう受け取ってるよね? そのまま自分で運んだ方が早いと思うけど……」


 山下は舌をぺろりと出し「冗談だよ」と一言言った。

 うん。この子はこの子で可愛いな。

 しかし僕にはリーゼがいる。

 だから君にときめくことはないのだ。

 リーゼと出逢う前なら、恋に落ちてたかも知れないけれど。


 二人は席に座り、会話を始める。

 リーゼはいつも通り、少しだけ冷めているような態度。

 冷めているリーゼと対照的に、山下は明るく健やかに元気よく口を開いていた。

 

 リーゼと僕の飲み物が用意できたようなので、僕はそれらを持って席の方に向かう。

 僕はリーゼの隣に座り、彼女にキャラメルマキアートを手渡した。


「ありがとう」

「うん。と言っても、リーゼのお金だけどね!」

「なになに? 旦那くんって、リーゼのヒモしてんの?」

「う……それは言わないで……僕もまだ少し気にしてるんだから」


 山下の言葉がナイフのように胸に突き刺さる。

 自分たちの中では合点がいっているのだが、第三者から言われると、まだ少し辛いものがあるなぁ……


 リーゼは頭に疑問符を浮かべており、山下に訊ねるように口を開く。


「ヒモって……なんだ?」

「ヒモってあれだよ、男を縛り付ける女、みたいなさ」

「ふーん……? 私、耕太のこと縛ってるか?」

「違う違う! ヒモというのは、女の人に養ってもらってる男のことを言うんだよ! それは山下の冗談だから真に受けないで!」

「おい」

「あはははは」


 睨むリーゼに笑う山下。

 僕はヒモという単語にまだ落ち込み気味である。


「しっかし旦那くんがリーゼと結婚するなんて考えてもみなかったよ。それも学生結婚ってどういうことだ! って、皆思ってるよ」

「皆?」

「うん。だって旦那くんは遠藤と付き合ってるとばかり思ってたからさ」

「なんで僕が楓と付き合ってるって話になってるんだよ」

「そうだ。こいつはあの女と付き合ってないぞ」


 山下は意外そうに僕の顔を見る。

 え? そんなに意外?

 なんでそんな風に思われてるの?


「旦那くん、遠藤と毎日一緒だったでしょ?」

「毎日イジメられてたからね」

「イ、イジメ?」

「ああ。毎日殴られるわ奢らされるわ、川に荷物を落とされるわで大変だったんだよ」

「ふ、ふーん……もっと仲いいと思ってった。それこそ、付き合ってるってばかり皆が思ってたよ」


 そんなバカなことあるわけがない。

 なにがあっても楓と付き合うようなことはないし、相手もそう考えているだろう。

 彼女は僕が嫌いで、ずっとイジメてきたんだから。


「そうか。あの女はお前にそんな酷いことをしていたんだな」

「……リーゼ?」


 リーゼの目の奥が氷のように冷たくなっている。

 そして冷気を放つ彼女に、僕と山下は震えていた。


「よし。私がお前の代わりに痛い目に遭わせておいてやる」

「い、いや、別にいいよ……リーゼに任せたら相手が死にそうな予感がするし」

「そ、そうだよ。旦那くんの敵を討ちたい気持ちもわかるけど……ちょっと落ち着こ?」


 僕と山下の言葉に、ようやく冷静さを取り戻すリーゼ。

 山下はホッとしながら、僕の手を握る。


「でも、旦那くんは辛い思いをしてきたんだね……何かあったら私に相談するんだよ、ね? リーゼも何かあったら私に相談してね」

「……早速相談したいんだが……人の旦那の手を握る女はどうすればいいと思う?」


 山下と僕の手を見下ろしながら、リーゼは額に青筋を立てていた。

 怖い……こんなに怖いリーゼは見たことない!

 

 山下は笑いながらリーゼに言う。


「あははっ! 冗談だよ、リーゼ」


 パッと山下は僕から手を放す。

 この子、確信犯かよ……

 

 リーゼを怒らせてくないから、こんなことはこれ以降止めていただきたい。

 僕は山下の愉快に笑う顔を見ながら、そんな風に考えていた。

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