第5話 二億円

「あの、本当にここで暮らしていくつもりなんだよね?」

「ああ」

「……本当に僕と結婚してくれるんだよね?」

「結婚、してほしいんだろ?」

「ええ。それはもう!」


 目をギンギンにしてリーゼを見つめる。

 彼女はクスリと笑い、少し愉しそうだ。

 

「じゃあさ、服、買いに行かない?」

「服?」

「うん。見たところ、他に服を持ってなさそうだからさ」

「ああ……確かにないな」


 布を一枚着ているような恰好。

 流石にこの世界でこれは酷だよな。

 というわけで、彼女の服を買いに行こうと思ったのだが、リーゼはどんな反応をするのだろう。


「いいよ。行こうか」

「うん。行こう行こう」


 リーゼは腰を上げ、起き上がって伸びをする。

 その時、大きな胸がプルンと跳ねるのが視界に入り、僕はドキッとして視線を逸らした。


「どうかしたのか?」


 リーゼは悪い顔で笑いながら僕にそう訊く。

 くそっ……絶対分かってるくせに。

 

「な、なんでもないよ! 早く服を買いに行こう」

「じゃあ行こうか、旦那さん」

「う……」


 リーゼが僕のことを旦那さんと呼んだ。 

 それだけで僕は興奮し、もう天国にでもいる気分だった。

 もっと言ってほしい!

 

 家を出て夜道に出る。

 今から何でも売っている雑貨店へと向かうつもりだ。


 歩き出して数分。

 リーゼは何か思い出したのか、気怠い表情のまま言う。


「そういやさ、お金。持ってるのか?」

「うーん……少しぐらいは」


 正直、リーゼを養うほどの金はない。

 だって学生だしね。

 そう考えると、結婚生活なんて夢のまた夢。

 だが僕には信念がある。


『為せば成る為さねば成らぬ何事も』


 現状結婚生活が不可能なら可能にすればいいだけだ。

 お金が必要ならお金を稼げばいい。

 絶対にリーゼを養ってやる。


 僕はそんなことを考えていたが、リーゼは驚愕の一言を言い放つ。


「お金なら私が持ってるから、お前は気にしなくてもいい」

「……え?」

「私がお前を養ってやる」

「…………」


 養うつもりだったのに、養ってもらうだなんて……

 え? ヒモ? これってダメなパターンなんじゃ……


 するとリーゼはニヤリと笑い、僕の肩に手を置く。


「稼げる奴が稼いだらいいじゃないか。それとも、この世界じゃそれはダメなことなのか?」

「いや、ダメじゃないけど……男としてどうなのって思ってるんですけど」

「じゃあ気にするな。私はお前を養えるのも、楽しく思ってるぞ」


 ニヤニヤしているリーゼ。

 これは完全に尻に敷かれる……いや、尻に敷かれるぐらいならいいけど、完全にヒモコースじゃないか!

 本人はいいと言っているが、男としてほんのちょっぴりだけ存在しているプライドが許さないような気がしなくもない。


 そこでリーゼは笑うのを止めて、真剣な声で言い出した。


「別に女が男を養ってもいいだろ? 家庭というのはそれぞれ違う。自分たちらしいスタイルを見つければいいんじゃないか?」

「まぁ、そうだけどさ」


 リーゼの言葉に僕は妙に納得してしまった。

 そうだよな。

 別に世間一般的にはイメージ的によくないことかもしれないけど、自分たちがそれでいいならそれでもいいか……

 まだ女性に養われるというのも抵抗があるが、そのうち慣れるのだろうか。

 

 よし。

 その分僕が家事を精一杯頑張ろう。

 目指すのはリーゼを喜ばせる最強の主夫。

 とことんまで突き詰めてやろう。


 とそこで、僕はふと彼女が何故お金を持っているのかが気になった。

 本当になんで持ってるの?

 この世界には来たばかりだよね。


「あのさ、お金があるって言ってるけど、どこで手に入れたの?」

「元の世界のお宝をこっちの世界で知り合いに換金してもらった。どれぐらいの価値があるかはよく分からないが、まぁ金に困ることはないだろうって言ってたな」


 そう言うとリーゼは、どこからともなく取り出した札束を僕の手にポンと手渡してきた。

 僕は札束を手にし、ガタガタと震え出す。


「ちょ……こんなにあるの……」

「いや。もっとあるぞ。残りは以前お前と別れた公園に隠してきた」

「か、隠してきたって……どれぐらい?」

「そうだな……そいつが二百個ほどかな」

「二百って……」


 手元にあるのは、おそらく百万円。

 それが二百となると……二億円!?


 僕は地震でも起こすぐらいの勢いで震え倒す。 

 二億って……それはありすぎでしょ!


 僕が愕然としていると、リーゼはムッとして口を開く。


「足りないというのなら、別のお宝も売りさばいてやるよ。あれの五倍は用意できるぞ」

「五倍……十億!?」


 僕は立っていることができなくなり、その場に膝をつく。

 そしてリーゼの顔を青い顔で見上げる。


「ま、まだ足りないのか……」

「いや……十分ですから。十分すぎますから!」

「そう。ならいいじゃないか」


 リーゼはこの世界の金銭感覚にまだ慣れていない。

 だから驚かないのだろう。

 それとも、元々こんな飄々としているのだろうか……


「…………」


 そんな気がするな。

 大金を持っていたとしても、彼女が驚くようなイメージが湧かない。


 僕は疑問符を頭に浮かばせているリーゼを見つめ、ため息をついて立ち上がる。

 そして百万を懐にしまい、周囲を警戒しながら歩き出した。

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