第29話
僕達がいないことを日向達はどう思ってるだろう。
2回めの遅刻だなんて、先生に怒られないだろうな。
「喉が乾いた。ジュース持ってくるからちょっと待ってて」
三上がいなくなってひとりになった和室。
狭いけど落ち着くな、屋敷とは違う雰囲気だ。畳のいい匂い……気持ちよく昼寝が出来そうだ。
「お待たせ。飲んでよ結城君」
受け取ってすぐに飲んだジュース。紫色のぶどう味だ。三上はゴクゴク飲んでるけど、僕が三上屋から出ていくまでに何杯飲むつもりなのか。
「僕が謝りたいのはココっていう女の子なんだ。来夢で働いてる」
僕を日向と間違えた子か。
楽しそうに働いてたツインテールの女の子、夢で見た女の子もツインテールだったけどもしかして。
「結城君信じてくれるかな、ココは僕と同じ魔法の世界の住人なんだ。僕は仲間達とココを泣かせた。ココは魔法の力を持ってなくて、僕は……ひどいことをいっぱい……言って」
三上の声が詰まり笑顔が消えた。
震えだした体と吐き出される荒い息。落ち着かせてやりたいけど、飲みかけのジュースを渡す訳にもいかない。こんな時どうしたらいいんだ、悠太さんがいればなんとかしてくれるのに。
「魔法使いが住む世界。魔法の力を持たない住人は、ひどいことを言われたり石を投げられるんだ。みんなひどいことをしてるって思わない。それがあたりまえになってて、僕も……仲間達もそうだった。だから何度もココを囲んで……泣かせてた。母さんに知られて、父さんに怒られるまで……ずっと」
誰かが傷をつけようとして。
誰かが傷つけられてしまう。
悲しいことは何処にでもあるんだな。
魔法使いが住む世界。
夢の中でさえ綺麗な場所なのに。
「父さんにすごく怒られた。ココが魔法の世界からいなくなったあとも、悪いことをしたって僕が気づくまで。父さんと母さんは、魔法が使えない子達を励ましてたのに。僕は魔法がすごいことだと思ってて、傷つけられる痛みをわかってなかったんだ」
「謝りたいんだろ。心を込めれば伝わるんじゃないのか?」
「怖いんだよ、僕を見てココがどう思うのか。謝ることがまた……傷つけることにならないか。そう思ったら来夢に行けなくて」
「何言ってるんだ? 隣に店を作ってるのに」
「あっそれは!!」
三上の裏返った声と慌てたような素振り。落ち込んだり慌てたり忙しい奴だな。
「本当は離れた場所に作りたかったんだ。隣に作ったのは……その、魔法の世界への入り口が」
「入り口? そんなものがあるのか?」
「うん、……来夢の中に」
三上は困ったように天井を仰ぐ。
「この町で入り口があるの来夢の中だけなんだ。魔法の世界と行き来するために、隣に作るしかなくてさ……水溜まりだけど」
「入り口が水溜まりって、ふざけてるのか?」
「本当だってば‼︎ ……大変だったんだよ、見張りにバレないよう三上屋へのトンネルを作るのは。そうしないと、違う場所にある入り口を探さなきゃいけないし」
くらくらしてきた。
水溜まりが入り口だなんて意味がわからない。操られたありすと佐野。三上が描いた魔方陣、見たものが全部信じられなくなってきた。
「そんな顔しないでくれ。結城君の願いなんでも叶えるから」
「願い?」
「ココに謝れるように、日向君と一緒に力を貸してほしいんだ。上手くいったら願いをひとつ叶えてあげる。そうだ、来夢と三上屋で売ってるもの、とっておきの秘密を教えてあげようか?」
別に……秘密なんて興味ないけど。
「三上屋はほら、すぐそこの厨房で作ってるけど来夢は違う。来夢で売ってるのは魔法の世界で作られたものなんだ。店主を務めるミントの指示でね」
「ミント?」
そうだった。
ココが魔法の世界の住人ってことはミントもきっとそうだ。
魔法を使わない魔法使い。
それが……ミントだとしたら。
「三上、ミントのことだけど」
「日向君とミントが仲良しなのは知ってるよね。詳しいことは日向君に聞いてくれるかな。僕が話したかったのはココと三上屋のことだし。日向君がいない場所で日向君とミントのこと言っちゃだめだと思うから」
ジュースを飲みきって三上は満足そうに笑う。
頼みごと、引き受けるって言ってないんだけど。
叶えたいことがあるし引き受けてみようか……三上が叶えられる願いかわからないけど。
ショコラとシフォンと話せるようになりたい。
1度だけ……違うな、叶えられるなら何度でも。
「結城君、どら焼き食べてみてよ。味は成長途中だけど心は込もってるんだ。美味しく食べてほしい、いっぱいの元気をわけあってほしいってね」
「和菓子屋はずっと続けるのか?」
「もちろん‼︎ 来夢と競争したいんだ。食べてくれた人達をどれだけ喜ばせられるかの。ひとつだけ教えてあげるよ、家族みんなの保証付き。ミントは最高の魔法使いだよ」
***
「何かあった? 翼君」
「どうして?」
「気のせいかな、楽しそうに見えるからさ」
屋敷に向かう車の中。
見慣れた景色の中悠太さんと一緒にいるひと時。
今日のことを話したら悠太さんはどんな顔をするだろう。同じクラスに魔法使いがいる。それだけでも驚きなのに生徒を操ったり魔法陣で移動したり。
話し終え、学校に行ったのも魔法陣だった。
三上が選んだ場所は屋上で教室にすぐには向かわなかった。
ミントのこと。
ココに謝ろうと必死の三上。
日向にどう切りだすかを考えながら見上げた空。
「悠太さんは信じる? 不思議なこと」
「うん? たとえばどんなこと?」
「魔法使いっていると思う?」
「そうだなぁ、子供の頃魔法使いを題材にした本を読んだことがあるんだ。いるかどうかより、魔法使いになってみたいかな」
「燕尾服、魔法使いの衣装みたいだしね」
悠太さんが魔法使いだったら。
最初に何を叶えてもらおう。
どうしよう、何にしようか決められない。
宿題より難しいな。
車から降りて、悠太さんと一緒に向かう屋敷。
今日は色々なことがあった。
部屋に行ったら、ショコラとシフォンにも教えてあげよう。
「
僕達に気づいた召使いが近づいてきた。
「佐伯さん、燕尾服に着替えたらすぐ客室に。旦那様が戻られています」
「旦那様が?」
悠太さんと顔を見合わせた。
帰って来るの……週末のはずなのに。
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