第28話
並んでいるのは大福餅とどら焼き、何種類かの団子の横にある小さなもなか。もしかして三上が持ってこようとしていたもなかってこれなのかな。飾り気ない、懐かしさを感じさせる和風の店内。こんな所に魔法使いがいるなんて誰が想像出来るだろう。
「まだ開店前なんだ、最初に家族を紹介していいかな? 父さんと母さん。兄の
同じ制服の女の子。なんでいるのか気になってたけどそういうことか。まさかとは思うけど、家族みんなで僕を待ってたのか? 正確には僕と日向大地を。
「大事なお客様なんだ。客室に案内しなさい」
「うん、父さん。入ってよ結城君」
家族の前で断る訳にもいかない。
案内されるまま入ったのは店の裏にある和室。真っ白な障子と掛け軸、店に並ぶ和菓子といい魔法使いと結び付かないものばっかりだな。
「母さん、飲み物持ってきて。それとなんでもいいからお菓子」
「はいはい、すぐに持って来るわね」
「何から話そうかな。……そうだ、最初に僕のこと、改めて自己紹介。驚かないでね」
笑みを浮かべた直後、三上の姿が違うものになった。
制服姿は変わらない。だけど赤みがかったオレンジ色の髪と僕を見る灰色の目。僕より少し大人びた……
「これが本当の僕で名前はカズマっていうんだ。家族みんなが仮の姿で人間界にいる。結城君びっくりするかな。僕と姉が学校に行きだしたのは入学式のあとってことに」
「なん……だって?」
「日向君を追いかけて。先生全員とクラスメイトに魔法をかけたんだ、三上和也という生徒と僕の姉がいるって暗示をね。本当の姿じゃ学校に行きにくいしこの姿」
いつもの三上になった。おにぎりをきっかけに見慣れてしまった顔。
「になったけど失敗だった。女の子にやたら騒がれちゃって……まぁ、悪い気はしないんだけど」
顔を赤らめ照れたように笑った。
わざとらしさは感じられない。学校で見てる三上と全然違うな。
「飲み物をどうぞ。それとどら焼き……挟んでるのは生クリームなの」
母親が入って来てちゃぶ台に並べられたオレンジジュースとどら焼き。僕に向けられた母親の親しげな笑み。
「結城君だったかしら。息子をよろしくね、調子に乗る子だけれど」
「母さんってば、今大事なこと話してるから」
「ふふっ。わかってるわ」
母親がいなくなって和室を甘い匂いが包みだした。気まずさをごまかすように三上はゴクゴクとジュースを飲む。
「ずっと日向君に話しかけたかった。彼はすぐに黙っちゃうし、僕がすることは女の子達が騒いじゃう。僕を気にして日向君を悩ませる訳にもいかなくて。どうしようかと思ってたら結城君がクラスにやって来た。同じ顔のふたり……みんなが驚いてる中、僕はチャンスだと思ったんだ」
「どうして日向に近づこうとしたんだ。誰かに謝りたいのとなんの関係が」
「それはもう少し待ってて。これから話すこと怒られるかもしれないけど。……あれ」
三上の顔に浮かぶ落胆。
持っているコップが空っぽだ。まったく、世話が焼ける奴だな。
「僕のを飲めばいい」
「いいの? どっちがお客さんかわからないね。ごめんね、気持ちを落ち着けたら話すから」
ゴクゴクと飲まれていく2杯目のジュース。こんなに飲んで大丈夫なのか? お腹を壊しても知らないからな。
「ふう。……じゃあ話すよ。学級委員長は怒りを感じながらも日向君に注目してた。君も興味なさそうにしながら日向君と話してた。そばにはいつも佐野君がいて……だから僕は、日向君と話せればと」
話すのをやめ、三上は深く息を吐く。少しの沈黙のあとまっすぐに僕を見た。
「結城君と佐野君の思考を読み取ったんだ。結城君はスイーツが好きで、佐野君は学級委員長を想ってる。僕は結城君が興味を持ちそうなことを始めようと思った。家族と話し合って決まったのが和菓子屋だよ」
この店……僕の気を引くために? 知らないうちにとんでもないことに巻き込まれてた。そうだ、僕の思考を読んでるってことは。
「三上、もしかして僕の家のこと」
「知ってるよ。屋敷に住んでることもお父さんが怖いことも。安心していいよ、結城君が話せる時が来るまで黙ってるから」
三上が言ってくれたことに安心する。いつかみんなに話せる時が来るのかな。屋敷にみんなを呼んで、ショコラとシフォンに見せてあげたい。僕が選んだ世界は……こんなにあったかいんだって。
「学級委員長と佐野君には暗示をかけた。僕達3人は小学生の時からの同級生で、学級委員長はずっと……僕が好きだって」
「……それじゃあ」
「うん、学級委員長の僕への想いは偽物だよ。ふたりへの暗示は学校に行ってすぐに解くから。佐野君には悪いことしちゃったけど、これからいっぱい応援する。佐野君の想い……学級委員長に届くといいね」
どら焼きの甘い匂い。
まいったな、喉が乾いたけど僕のジュースは三上が全部飲みきった。
「三上屋はまだ出来たばっかり。日向君びっくりしてただろ? 無理もないよ、ここはずっと空き地だったんだから」
空き地だったなんて、僕はそれすら覚えてない。
来夢と店主にしか興味がなかったからな。
「君達のおにぎり話は本当に幸運だったよ。お客さんが増えるだろうし、話の流れに乗って日向君と話せそうな気がしてきた。ちゃんと謝ること……大事な目標の前にお店が潰れたら、恥ずかしくて人間界にいられなくなっちゃうしね」
嬉しそうに三上は笑った。
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