第27話

 楽しいとか楽しむとか考えないようにしてた。

 父さんを怖がって、怒られないことだけを考えてた。遠ざけるのは特別扱いされることだけでよかったのに。

 こんな簡単なこと、おにぎりから教わるなんて思いもしなかった。


 大切な場所。

 僕が選んだ場所。


 何を言われても守れる気がしてきた。

 だって……気にかけてくれるみんながいるから。

 楽しいってすごいな。


「おはよう。めずらしいね、結城君が走ってくるなんて」

「そうかな。……おはよ」


 ぽかっと佐野は口を開いた。

 それもそうか、僕からおはようって言ったことがなかったからな。肩を押すと佐野はすぐに笑みを浮かべ、僕達は肩を並べ歩きだした。


「相変わらずかっこいいね、結城君のお兄さん」

「うん、僕の1番の自慢なんだ」


 お兄さんじゃないって言ったら佐野はどんな顔をするだろう。僕が屋敷に住んでるって知ったら。驚いて……気を使おうとするだろうか。


「自慢出来るっていいよね。僕の兄貴は……そうだ、絵のコンテストで賞をもらったことがある。小学生の時にね」

「すごいな、今も描いてるのか?」

「漫画みたいな絵をね。将来の夢、漫画家なんだって」

「上手いんだろうな。僕も上手くなれればいいけど」

「絵が好きなの? 嬉しいな、結城君のことひとつわかっちゃった」


 通学路に出て同じ制服の生徒達の中を歩く。

 前を歩く生徒達の中見慣れたうしろ姿。ありすとまなか……それと。


「佐倉さん達、三上君と一緒だ」


 嬉しそうに声を上げた佐野。


「佐野、平気なのか?」

「何が?」

「好きな子が別の奴と楽しそうに」

「あれ、三上屋のことで話し合ってるんじゃないかな」

「だけど佐野は」

「結城君、僕が言ったこと忘れたの? がんばってるのを応援したいって。佐倉、すごくがんばってるよね。声かけようかな、三上君に」


 息を吸い込むなり『三上君!!』と大声を出した佐野。

 驚いたように振り向いたありすとまなか。三上は驚きもせず僕達を見て笑った。


「おはよう、日向君は一緒じゃないの?」

「僕達と方向が違うから。ね、結城君」

「そっか、それは残念。委員長、悪いけど先に学校に行っててくれないかな。副委員長と佐野君を連れて」

「えぇっ⁉︎ まなかはともかく、なんで佐野君も?」

「あっありすちゃんっ‼︎ だめだよそんな」


 まなかが慌てたようにありすをなだめる。

 ありすの行動がトラブルにならないのは、まなかの絶妙なフォローがあるからか。


「いいから、行ってて」


 一瞬、ありすを見る三上の目が光った気がした。

 ありすの体が微かに揺れて……


「……わかった、行こうまなか。佐野君も早く」


 ありすは微笑み佐野へと手を伸ばした。驚いたように僕を見た佐野だけど。


「佐野君、委員長を待たせないで」


 キラリと光った三上の目。

 見間違いじゃない、今確かに光った。


「ごめん結城君、先に行ってるね」

「待てよ、佐野」


 ありすと肩を並べ歩きだした佐野と、ふたりを追いながら振り向いたまなか。僕を見る顔に浮かぶ戸惑い。

 ふたりとも変だな、まるで……操られてるみたいに。

 僕の考えを読んだのか三上はクスッと笑った。


「魔法をかけたんだよ。でないと、結城君とふたりになれなかったしね。日向君もいればよかったんだけど」

「なんで日向まで」

「全部話すから僕と一緒に来て。仲良く遅刻しようよ、結城君」

「学校で話せばいいだろ。遅刻なんて冗談じゃない」

「日向君とは遅刻出来て僕とは出来ないの? 結城君ってば意地悪だなぁ」


 頬を膨らませる三上を見て通りすがりの女子達がざわめく。整った顔つきにわざと浮かべる照れたような笑み。


「とにかく隠れよう。消える所を見られるのはまずいからね」

「消える? 何を言って……」


 僕の腕を掴むなり走りだした三上。細い体からは想像も出来ない馬鹿力だ。


「こっちこっち。すぐに着くから」

「待てよ、こっちは」


 学校の行き帰り、すっかり見慣れた景色。

 通学路を出て三上が向かうのは僕と佐野が歩いてきた道だ。そして見えてきた悠太さんと別れたふれあい公園の前。


「この公園誰もいないからさ。さっき結城君と話してた時、ここにしようって思ったんだ」


 公園の入り口で息を整えてる三上。僕もこんなに走ったのいつ以来かな。


「三上、手を離してくれないかな」

「ごめんごめん。逃げないよね……結城君」

「まったく、ここまで来て誰が」

「よかった」


 三上は僕の腕を離し公園へと入っていく。

 あとを追いながら考える。消えるって言ったけど僕を連れて何処に行くつもりなのか。


「三上、何処に行くんだ?」

「決まってるだろ? 僕の家……三上屋だよ」

「そんなの、歩いて行けばいいのに」

「いいの? 桜宮商店街はここから遠い。下手すると丸1日、ズル休みになっちゃうよ? まぁ、先生とクラスメイトの記憶を操作してもいいんだけどね」


 そんなことも出来るのか。


 寂れた公園の中。

 三上はジャングルジムの前に立ち、地面に何やら描きだした。


「魔法陣だよ、見たことある? 結城君」

「あるはずないだろ」

「だよね、日向君もないだろうな。なんたって、魔法を使わない魔法使いと仲良しなんだから」


 三上は何を言ってるんだ?

 魔法使いが……魔法を使わない?

 日向と仲良しってどういうことだ?


 クスッと笑った三上。

 僕が思ってること、勝手に読むのやめてくれないかな。


「怒らないでよ、ごめんね。話せるようになったんだし、結城君の思考はもう読まないよ。……入ってきて、魔法陣の中。僕ひとりなら、魔法陣なんていらないんだけど」


 恐る恐る足を踏み入れた魔法陣の中。

 非現実的なこと。

 神様や天使に会わない限りこんなことないと思ってた。魔法使いなんて物語の中にしかいないものだと。ましてや同じ制服を着た男の子が……魔法使いだなんて。


「————」


 何かを呟きだした三上。

 魔法の呪文なのかな。

 魔法陣から滲み現れた金色の光。

 三上と一緒に包まれながら、夢の中で見た世界を思いだした。


 眩しく……鮮やかな金色の世界を。





「着いたよ結城君、目を開けて」


 三上の声と僕を包む甘い匂い。

 目を開けて見えたのは、店に並ぶいっぱいの和菓子。

 そして三上と一緒に僕を見てる知らない人達だ。


「ようこそ、三上屋へ」


 三上は満面の笑みを浮かべ、自信たっぷりに店内を見回した。

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