第30話

 父さんがいる。

 色々あった1日だけど、思いもよらないことが待っていた。


「翼君、先に行ってお父様に挨拶を。僕も着替えたらすぐに行くから」

「うっうん」


 鞄はどうしよう。

 学校から帰ったばかりだし持ってても大丈夫かな。





 ***


 召使いが客室の前に立ち、僕は息を整える。

 大丈夫、僕は大切なものを守ることが出来る。何を言われたって僕は……手に入れた場所を。


「翼様、開けていいですか?」

「うん。……いいよ」


 召使いがドアを開け、白で統一された室内が見えだした。

 父さんがソファに座っている。

 飲んでいるのはお気に入りのワインかな。肩まで伸びた黒髪と感情を隠す表情かお。紺色のスーツ、僕の制服と同じ色だなんてなんの冗談だ。


「おかえりなさい、父さん」


 ぴくりと父さんの眉が動いた気がした。


「早かったんだね、帰り」

「気に入らないか? 親の帰りが」

「そんなこと……ないけど」

「暗い顔をするな。予定が早まっただけだ。何日かすればまたいなくなる」


 僕から目をそらし父さんは笑った。


「選んだ学校はどうだ? 僕の期待を裏切るにふさわしい場所は」


 どう答えるべきだろう。

 僕が選んだのはありふれた普通の場所。何を言っても父さんは僕を褒めやしない。

 だけど、僕が1番に僕を認めてあげればいいんだ。

 僕が僕を否定せず、ありのままでいればいいんだ。

 いつのまにか怖くなった父さん。

 父さんを怖がってる自分を……1番に受け止めればいいんだ。


 受け止めて……伝えるんだ。


「楽しいよ、父さんがわかってくれなくても。学校に通いながら考えてるんだ。父さんとは違う形で、父さんのように強い人になれたらいいなって。今の学校に行っていっぱいの自分を感じられた。今の学校に行ってなければ僕は、僕のこと何もわからないままだった……そんな気がする」


 父さんは何も言わずワインを飲む。


「いつかは父さんのあとを継ぐかもしれない。だけど僕は……父さんとは違うやり方で上を目指すんだ。誰も踏みにじらない、誰も……傷つけない」


 ドアが開く音に続く『佐伯君』と父さんの声。

 悠太さんが入ってきた。

 父さんの顔に浮かんだ笑み。まるで……親しい誰かに会ったような。


「君の顔は父親に似てきたな。父親のあとを継いで務める執事。翼が入って来る前に思いだしていた、君の父親が私の遊び相手になってくれたことを。この人が僕の父だったらと何度も考えた。……翼はあの時の僕と同じだ。僕を……親を恐れ遠ざけようとしている。……血は争えないとはよく言ったものだ」


 寂しそうな目をした気がした。

 気のせいかな、何があっても僕の前では強さを……


「酔いが回ったな。この所仕事に追われて休めずにいる。佐伯君、私の部屋は片付いてるか? 夕食の前に少し休みたい。……何をしている翼、いつまでも鞄を持ったままで。早く部屋に戻りなさい。学び続けろ、僕のすべてを否定したいなら」


 悠太さんに背中を押されるまま客室を出た。

 夕食を食べる時にはいつもの父さんがいるだろうか。


「僕はお父様を連れて部屋に行くから。夕食の準備が出来たら」

「召し使いが知らせに来てくれる。わかってるよ、悠太さん」


 客室から離れ部屋に向かう。

 今日のことをショコラとシフォンにどう話そうか。







 ***


 連絡網のプリント。

 日向の名前を見ながら考える。三上とミントのことで電話をかけてみようか。

 三上はともかく、ミントのことは佐野の前では話せない。魔法使いと魔法の世界のことは僕と日向にしかわからないから。


「もうすぐ8時か」


 電話をかけるとしたら今がいい。遅くなると日向の家族に迷惑をかけてしまう。僕からの電話なんて日向はびっくりするかな。それに三上が魔法使いだと知ったら。


「……父さん」


 父さんと顔を見合わせての夕食。

 僕が話したのはショコラとシフォンのこと。父さんが話してくれたのは仕事のことだった。僕には難しいことばかりだったけど、言葉を選びながら話してくれた気がする。

 僕が言ったこと、少しはわかってくれたのかな。




 父さんが屋敷にいるうちに、僕から話せることがあるだろうか。父さんが教えてくれることがいっぱい……あればいいな。


 願ってもいいのかな。




 いつか父さんと……いっぱい笑いあえることを。








 次章未来への翼を広げて


【日向大地視点】

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