父と和菓子店

結城翼視点

第23話

 昼休みの教室を包むざわめき。

 呼びもしないふたりを前に開けた弁当箱。

 入っているのは卵焼きと鳥の唐揚げとミニトマト。それとご飯が三角形に固められたものはなんて名前だったか。海苔が巻かれたもの。車の中で悠太さんから聞いた名前、おに……おに……


「結城君今日おにぎりなんだ、美味しそうだね」


 おにぎり?

 そうだおにぎりだ。

 佐野に助けられた形で名前を思いだすなんて。


 転校して以来、僕が持ち歩くもののひとつがお弁当というものだ。作るのは召し使いだけど中身は悠太さんが決めている。

 小学生の時と前の学校にはあった給食というもの。転校が決まって驚いたことのひとつが給食がないことだった。

 悠太さんが決めてくれた中身。

 お弁当を開けるのを楽しみにしていた中初めて見るおにぎりというもの。屋敷でも食べたことはなく妙な緊張が僕の中を巡る。どんな味なのか、中はどうなっているのか。


「食べないの? 結城君」


 僕を見るなり日向が聞いてきた。

 開けたばかりなのにうるさいな。


「結城君、おにぎりの中身何が好き?」


 佐野の問いかけは、おにぎりの中に何かが入ってることを告げる。

 何が入ってるんだ?

 悠太さんのことだから妙なものは入れてないと思うけど。食べたことがないのに聞かれても困る。


「佐野は? 何が好きなんだ?」

「僕が聞いてるのに、結城君ってば秘密主義なんだから。僕の1番はたらこ。2番目は鮭、日向君は?」

「僕は……梅干しかな」


 おにぎりには何を入れてもいいってことか。

 まさかとは思うけど、1個のおにぎりに何種類も詰まってないだろうな。相性が悪い食材が混ざるととんでもない味になる。

 緊張に包まれる中おにぎりを手に取った。まずは入ってるものを見てみよう。


「……っと」


 半分にしたおにぎり、中に見えるのは細かい粒々。これって……何の卵だろう。


「美味しそう。それ明太子だ!!」

「めん……たいこ?」

「そうだよ明太子。ピリ辛でご飯にぴったりなんだ。おすすめだよ」


 おにぎりだけでなんで佐野は楽しそうなんだ?

 けどおすすめか……悠太さんが決めたものだし。


 ひとくち噛んで口に入れた。

 ゆっくり噛む中、ご飯に混ざるほのかなしょっぱさと辛み。


 なんだか……すごく美味しい。


「いいなあ、僕も食べたくなってきた。日向君のコロッケとサラダも捨てがたいけど。そうだ、いいこと思いついた‼︎ 明日みんなでおにぎり持ってこようよ」

「え? なんで?」


 目を丸くする日向の横で佐野はニコニコ笑ってる。


「一緒に同じもの食べるの楽しそうじゃない? 取りかえっこしたりして。クラスのみんなが一緒ならもっと楽しいけど」


 佐野の目がありすに流れていく。

 ある意味好きな子を気にかけての提案か。見てるだけいいなんて言いながら説得力がない。

 ありすはまなかと話しながら三上和也を見てる。慌てたように目をそらすのは、視線に気づいた三上に見られての反応か。


「どう? 結城君。今日食べて明日もおにぎりなんて」

「いいよ別に。なんなら、佐倉に提案を持ちかけたらどうだ?」

「え? おにぎりの?」


 日向と顔を見合わせながら佐野は顔を赤くする。


「悪いことでもないだろ。クラスの団結に、月に1度はみんなでおにぎりを……とでも言えばいい」

「大丈夫かな。そんなこと言っちゃっても」

「佐倉の立場はなんだ? 学級委員長だろ」

「すごいな、結城君は」


 僕を見るなり日向がぽつり。


「佐野君の提案をそこまで広げられるなんて。佐野君、話してみなよ。明日は無理でも、おにぎりくらいで佐倉は怒らな」

「ちょっと、私が何を怒ってるのよ」


 日向が言い終える先に響いた怒りの声。

 どうやらありすは地獄耳らしい。

 顔をひきつらせる日向を見ながら思う。僕も動揺したらああいう顔になってしまうのか。


「日向君? ねぇ、私が何を」

「落ち着いてよ、佐倉さんっ。ええっと」


 顔を真っ赤にしながら佐野が大声を出す。地獄耳じゃなく勘がいい子だったら佐野が向ける想いにすぐ気づくだろうに。


「おにぎりがいいなって思ったんだ。その……クラスを盛り上げる」

「盛り上げるって……何を?」

「だからさっ、団結力。みんなが仲良くなったり、クラスの雰囲気が明るくなるような」

「それで……おにぎり?」

「うん、月に1度おにぎりを……みんなで」

「いいと思うよ、それ」


 ありすが答えるより先に響いた声とあとに続く女子のざわめき。『ひゃっ⁉︎』と声を上げてありすが体をよろめかせた。

 声の主は三上和也だ。


「面白いんじゃないかな? みんなで食べるって言えば、作ってくれる人も喜ぶと思うし。僕が握ったおにぎり、食べたい子……いる?」


 手を上げる女子を前に三上は照れた素振りを見せる。自分がモテるとわかっててのわざとらしいリアクションだ。なのに舞い上がるように声を上げる女子達。ライバルが多いこと、ありすは分かってるのか?


「佐野君、よかったら僕からも提案させてよ。おにぎりと一緒に食べるひとくちチョコもなか。僕からのサービス品だよ」


 女子達のざわめきが大きくなっていく。

 ひとくちチョコモナカに反応したみたいだな。


「僕の家、三上屋っていう和菓子屋なんだ。まだ始めたばかりなんだけどね、お店の宣伝も兼ねてみんなに食べてほしいんだ。だからね、サービスするよ」


 宣伝……そういうことか。

 始めたばかりの店でそんなことが出来るのか? 月に1度とはいえ、下手をすると店が潰れかねない。


「大丈夫? そんなことしちゃって」


 まなかが確認するように問いかける。僕だけじゃないんだな、店を心配するの。


「大丈夫だよ。みんなが食べてくれれば客は確実に増える。なんでかって? みんなの家族が三上屋に来てくれるからさ。そうだろ? みんな」


 女子達が歓声を上げる中、ありすは泣きそうになっている。クラスの団結がどうこうよりも、完全に三上しか見てないな。どうあれ、月に1度のナントカは実現しそうだ。

 それにしても三上の自信はどこから来るんだ?

 客が増えるにも、大人数が急激になんてありえないのに。


 父さんは失敗するようなことは絶対にしない。弱いものを踏み潰し、強いものを蹴散らしながら今の地位を築いてきた。


 僕はまだ失敗することの怖さを知らない。

 だから思うんだ。

 大丈夫なのか? と……

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