第22話

 大地君と同じくらいの歳だろうか。

 艶やかな黒髪、細い体と白い肌。

 ナミに隠れるように立ち僕を見上げている。こんな子供が望みもしないことを強いられているのか。


「ナミさん。……この子は」


 うなづいたナミを前に、僕の中で何かが軋む音を立てる。

 カレンの代わりに担ぎ出された少女。

 この世界はまだ歪んでいる。


「何をしているの? 彼に挨拶を……ルイ」


 僕を弾くナミの声。

 ナミは今……この子を様と呼ばなかった。

 ナミに背を押されるまま少女は僕の前に立つ。


「はじめまして、ミント様。私はルイ、夢は……家族の元へ帰ることです」

「ルイったら。夢で終わらせてどうするの」

「ごめんなさいナミ。つい、緊張しちゃって」


 顔を赤らめる少女と『ククッ』と笑ったヨキ。


「あなたが人間界に行ってから、少しずつ流れが変わってきています」

「どういうことですか?」

「正確には、カレン様が子供を産んだことで……かしら。出産に立ちあった者達をはじめとして、閉じ込め崇めることに疑問を持つ者が増えているのです。ヨキ殿もそのひとり」


 ナミに見られ、ヨキはバツが悪そうに頭を掻いた。僕とカレンが出会った時。ヨキは神とされる立場を認め慕っていた。


「おかげで私も動きやすくなりました。ルイを守り、家族の元に返すこと。もう2度と……誰も閉じ込められない未来を作るために」


 ルイは微笑む。

 シワが刻まれた顔を輝かせて。


 変異体と別れた家族はその後の生活を保証される。

 子供と引き離されることと引きかえに得る豊かさ。そんなものにどんな価値があるのか。


「私の家族は代々屋敷に仕えていたのです。祖父も両親も、仕えることに誇りを持っていたの。私もそうだった……仕え働く中、神と呼ばれる者と出会うまでは。カレン様と同じように寂しそうだった……なのに、その時の私は何も出来ずにいた」


 優しい女性ひとだと思った。

 閉ざされた世界の中で、ナミはカレンの心の痛みを受け止めてくれたのだから。


「ナミさん。カレンが眠りについたあと、僕は決めたんです。魔法を遠ざけ出来ることをやっていこうと。僕のそばには魔法の力を持たない子もいます。魔法を使わない、ひとつの約束から広がっていくものがある。僕が広げたいのは楽しさと幸せです。カレンをここから連れ出すためにも」

「どれ、わしも長老としてもうひと働きしてみるか。ミントより先にカレン殿を助け出すために」


 僕を見るなりヨキは『ククッ』と笑う。


「世界を統べる者。お前ならしっかりやってくれると思っていたものを。儂の期待を裏切った恨みは忘れんぞ。1番と呼ばれ得をしたこともな」

「得?」

「儂がいたからカレン殿と出会った。子まで作るとは……羨ましい奴め」

「ミント様、私負けませんから。絶対に家族の所に帰ります。母さんが作ってくれるご飯、いっぱい食べたいから」


 ルイが見せた笑顔。

 それはひとつの確信を呼んだ。


 きっと叶う時が来る。


 カレン、僕は願うよ。

 君が目を覚ます頃……この世界は自由に満ちているのだと。定められた歪みは消えていく。誰もが閉ざされた屋敷から翼を広げて……











「ミント様。遅いよ、何してたんだよ」


 予想どおり、僕を出迎えたイオンの大声。


「すみません。久々の散策で方向がわからなくなりました」

「まったく、子供じゃあるまいし。しっかりしてくれよな」

「イオンったら、ミント様をいじめちゃだめじゃない!!」

「怒らないでよエリス。……心配してるのにな」


 ガックリと肩を落とすイオンと笑う仲間達。


「ミント様、卵のゼリーすぐに作れるかも。ひよこのクッキーの名前はぴよっ子便りに決まりました」

「そうですか。では来夢にて、待つことにしましょう。モカにいい知らせが出来ましたよ」


 人間界、これから僕を待つものはなんだろうか。








 ***


 ——人間界——

【日向大地視点】





 何処だろう……ここ。

 僕がいる知らない場所。

 見えるのは虹色の空だけで他には何もない。


「————」


 誰かが歌ってる。

 すごく優しい声だ。


 振り向いて見えたのは青みがかった白い髪の女の人。虹色の空の中、真っ白な服がやけに眩しい。空を見上げる横顔……なんて綺麗な人だろう。


「——……」


 あれ? 歌うのやめちゃった。 

 僕がこんなところにいるからかな。だけど気がついたらここにいただけだし。


「日向大地君ね?」

「はっはい」


 どうしよう、話しかけられちゃった。

 なんで、僕の名前知ってるんだろう。


「大地君、ふたりをよろしくね」


 僕に向けられた優しい笑顔。ふたりって誰のこと言ってるのかな。それにこの人を包む柔らかい雰囲気。知ってる気がするんだけど……なんで?


「いつか……会いましょう」


 虹色の空が霞んでいく。

 綺麗な人が微笑んだまま見えなくなって……





 見慣れた天井と鳥の鳴き声。

 僕を包む布団の心地いい重み。


「……夢か」


 体を起こしながら思い返す。

 やけにリアルな夢だった。虹色の空なんてありえないけど、あの人の姿と透きとおるような声。


 ガタンッ


 隣のベッドから響く音。

 モカが起きたんだ。

 ベッドを見るなりモカと目が合った。


「あれ?」


 気のせいかな。モカの目、女の人と似てる気がする。僕を見た薄青色の……


「……まさかね」


 そんな偶然あるはずがない。あんな綺麗な人がミントの奥さんだなんて。


「おはようモカ」


 返ってくる声はない。慣れちゃったけど、ちょっとうなづいてくれるだけでも嬉しいのにな。

 布団をたたみだした僕の横で着替え始めたモカ。僕が学校に行ってる時は黒うさぎに化けるんだし、寝巻きのままでもいい気がするけど。


「そうだ、宿題」


 わからなかったところ佐野君に聞いてみよう。佐野君がだめだったら結城君に……『自分で考えろ』って言われちゃうかな。


「もう少し、がんばってみるか」


 朝ご飯を食べる前でも、学校に行ってからでも時間はあるんだから。


「……てね」

「え?」


 聞き慣れない声がした。

 ちっちゃな子供の声。

 振り向いて見えたのは笑ってるモカ。


「がんばってね。ボクは……ボクも、がんばったんだ」


 モカが……喋った。

 なんだか夢を見てるみたいだ。

 何をがんばったのかわからないけど喋ってくれた。


「そっか、がんばったんだね。ご褒美にチョコレート……食べれないかな、美味しいんだけど」


 僕が気に入ってるチョコレート。

 佐野君と結城君にも食べてほしいって思ってるんだ。モカもって思ったけど、モカはミントが作ったものしか食べないんだった。


「美味しい? チョコレート……美味しいの?」

「うっうん。僕は好きだよ。学校から帰ったら、一緒に食べる?」


 モカはうなづいた。

 チョコレートに興味を持ってくれたのかニコニコ笑ってる。



 ミントに話したら喜ぶかな。

  

 イマドキの魔法のお礼に、最高のプレゼントが出来た。








 次章父と和菓子店


【結城翼視点】

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