第24話

 夕飯を食べ終えてすぐ、食堂の入り口に立つ悠太さんに駆けよった。

 燕尾服を着て背筋をまっすぐにしている悠太さん。送り迎えしてる時とは別人のようだけど。


「翼君、どうだった? 今日のお弁当は」


 近付くとにっこり笑ってくれた。


「美味しかったよ。あのさ、明日もおにぎりにしてほしいんだけど」

「いいけど、どうして?」


 佐野の提案だなんて言えない。

 友達みたいに思われたくないし、月に1度おにぎりを食べるって話をしてみるか。先生を交えての話し合いでどうなるかわからない。ありすは三上のために決めようとするだろうし大多数が賛成なら。

 気がかりなのは三上が持ちだした提案だけど。


「お昼休みに妙な提案が出たんだ。月に1度クラスの全員でおにぎりを食べようって。まだ決まってないんだけどね」

「へえ? 提案のきっかけは?」

「僕が食べてたおにぎり。美味しそうって言われたんだ」


 悠太さんの顔に浮かんだ笑み。美味しいって言われたのが嬉しいのかな。そうだ、明日作ってもらうの何を入れてもらおう。鮭も美味しそうだし、日向が言った梅干しも気になるな。


「中に入れてくれるの鮭と梅干しがいいんだけど。他に美味しいものは何?」

「僕のおすすめは昆布かな。翼君が梅干しねぇ……食べたらびっくりしそうだな」

「なんでびっくりするの?」

「食べてみてのお楽しみだよ。もしかして出来たのかな……いい友達が」

「なっ。おにぎりだけでなんでそう思うの?」


 僕の問いかけを前に悠太さんは楽しそうに笑う。こんなことでなんで笑えるんだろう。


「悠太さん、僕変なこと言った?」

「いや、翼君が自覚なさすぎて」

「自覚って?」

「翼君のおにぎりがきっかけで提案が出たんだろ? それに、今日は明太子しか入れてないのに鮭や梅干しを知ってるの……なんで?」


 提案も中身を知ったのも話の流れなんだけど。悠太さんってば、いつまで友達にこだわるんだか。


「もういいよ。明日おにぎり持ってくのよそうかな」

「怒らない、怒らない。そうだ翼君、お父様が帰って来るそうだよ」

「父さんが? ……いつ?」

「予定が変わらなければ今週中だと聞かされてる」

「わかった。またしばらく、いい子を演じなきゃね」


 小さな頃は大好きだった父さん。

 いつからかな、父さんが怖くなったのは。

 強くなれって言われてきた。

 弱さを見せるな、毅然としていろと。

 父さんに嫌われないよう、叱られないように必死だったのに。

 いつの間にか近づくことさえ怖くなった。転校したいって言った時も止まらなかった震え。どんな反応が返ってくるのか怖くて……悠太さんがそばにいたから話しきることが出来たんだ。


「翼君」

「大丈夫だよ悠太さん。そうだ、また行ってみようよ来夢ってお店。父さんが帰って来る前に。それでね」

「一緒にお茶を? もちろん、ご主人様の言うとおりに」


 来夢。

 ミントという店主はいなかったが売っていたものは悪くない。シフォンケーキは美味しかったし悠太さんは紅茶のケーキを気に入ってくれた。

 気になるのは日向と間違えられること。

 店に入るなり『大地君‼︎』って声をかけてきたツインテールの女の子。『ごめんなさい』って謝ったあと色々なケーキをすすめてきた。親しげな態度……僕の日向と同じ顔がそうさせるのか、誰とでも話せる女の子なのか。


「また明日ね、悠太さん。ショコラとシフォン待たせちゃってるね。早く行って遊んであげなくちゃ」

「引っ掻き傷に気をつけて。おやすみ、翼君」


 父さんのことは帰ってきてから考えればいい。

 今大事なのは明日の話し合いと来夢に行くことなんだから。


 来夢……ミントという店主。

 日向の顔が浮かんだ。


 イマドキの魔法か。


 イマドキ……今をドキドキする気持ち。








 ***


「先生、授業の前に話したいことがあるんです」


 先生が入って来るなり響いたありすの声。

 三上にいい所を見せようと必死だな。


「月に1度、みんなでおにぎりを食べようって提案があるんです。三上君からなんだけど」


 言いだしたの佐野なのに。

 恋は盲目ってやつか。顔を見合せる日向と佐野、ありすを見てるまなかと嬉しそうな三上。三上には店の宣伝がかかっている。朝1番に自分の名前が出たことを喜んでるのか。


「昼休みにか? やりたければやればいい」


 三上が見せたガッツポーズと女子達のざわめき。男子のほとんどは他人事のように授業の準備を進めている。


「それで、よければ先生も食べに来ませんか?」

「私も? ここで?」


 ありすの提案と静まる教室内。

 なんで先生を呼ぼうとしてるんだ?


「三上君の家の和菓子屋さん、みんなで応援したくて」

「和菓子屋? 応援だと?」


 先生の顔に浮かぶ困惑。


「先生も食べてくれたら、他の先生もお店に行ってくれるかもしれないし」


 ガタンッ


 大きな音を立てて三上が席を立った。


「さすが学級委員長‼︎ そうだよ、先生達にも」


『ひゃっ‼︎』とありすは声を漏らす。三上君の役にたてたって大喜びだ。


「さっきから何の話だ?」

「おにぎりと一緒に食べてくれればって思うんです。ひとくちチョコもなか……店の宣伝ですよ、先生」

「……なるほど、そういうことか」


 教室を見渡したあと教材を確認し始めた先生。

 険しい顔つき……もしかして怒ってるのか?


「宣伝はいいとして。三上君、家族は知ってるのか?」

「僕の思いつきです。でもみんなが食べてくれたら、家族や友達を店に集めてくれる。そうだろ? みんな」


 ざわめく女子達を前に『落ち着きなさい』と先生は声を荒げた。


「まったく、簡単にいくほど世の中は甘くはないぞ。食べてほしいもなかは売っている商品だな?」

「はい。だからそれを」

「商品はだめだ。違うものを使いなさい」

「違うもの? なんですか先生」

「商品を作る過程で出るものだ。食べられるのに捨ててしまうもの。商品の切れはしやカケラ。それに売れなくて廃棄となってしまうもの。これなら家族にも店にも迷惑をかけないだろう。……違うか?」

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