第19話
子供は不思議な存在だ。
時に驚かせ、予言めいたことを言いだすのだから。
結婚式はこの世界にもあるが、ブーケというものは聞いたことがなかった。
「ピケ、なんだよそのぶーけってさ」
イオンの問いかけを前に、ピケは自慢げに眼鏡をかけ直した。
「花嫁さんが持ってるものだよ。花嫁さんが投げたものを受け取ると次に結婚出来るって。爺さんが言ってたこと……あとはなんだったかな」
「わかんないことは黙ってろよ。なんだよ、いつも知ったかぶっちゃってさ。ピケブー‼︎」
「ブーブーうるさいな。ニックネームならもっと洒落たものを考えなよ」
「だっだめだよ喧嘩しちゃ。イオンもピケも……仲良く……しなきゃ」
「あぁ、泣かないでココ、僕達の辞書に喧嘩なんて載ってないんだから。まぁ、イオンは辞書なんて持ってないだろうけど?」
話を遮るように響いた手を叩く音。
音の主はナミだ。
「楽しそうで何よりですが。私の役目を果たさせて頂きましょう。屋敷に案内します、続きはそちらでどうぞ」
「屋敷……入れてくれるんですか?」
僕の問いかけと呆れたように息を吐き出したナミ。
「客人を招待しない所が何処にありますか。準備には念を入れています。お子様が来ることも想定して、甘い飲み物や菓子も……さぁ、こちらへ」
ナミのあとを追い駆け出したピケ。
カレンと肩を並べ歩きだした僕と、少し離れてついてきたイオンとココ。
「屋敷の者達には、失礼がないようにと言ってあります。あなた方もカレン様に恥をかかせる真似はお控えください」
たどり着いたのは、古めかしい作りの建物だった。例えるなら日本屋敷……カレンが持つ気品と、美しさを充分に引き立てた広大な場所。
案内された客室に並べられた料理と飲み物。大はしゃぎのイオン達を前に微笑んだカレン。
「あなたは? あの子達と一緒に」
「いえ、僕は……ここで」
カレンのそばに立ったまま動けずにいた。
このままそばにいられたら。
ずっと……離れずに。
「いいものですね、子供達があんなに楽しそうに。私のあとを継ぐとされる子。あの子達と……仲良くなれればいいのだけれど」
ヨキと話していたことを思いだした。
幼い子が連れて来られた。変異体として生まれ、いつかはカレンと同じように担ぎだされる。
「こんなこと……願ってはいけないのですが。あの子達に託してみたいのです。私のような者が、現れない未来を呼び寄せてくれること」
僕達を包むイオン達の笑い声。
ココの頬っぺについた生クリームとジュースに濡れたピケの眼鏡。
「僕も願いますよ、あなたと一緒に。変えていきましょう……僕達にも、許される自由があるのだから」
「叶えばいいのに。あとを継ぐとされる子も自由になれる。私も……好きな人と」
「カレン様」
客室に響いた声。
入ってきたナミを見て、石のように固まったイオン。食べかけの骨つき肉を危うく落としかけた。
「客人の部屋を準備しましょうか。子供達が疲れてるならと思いますが、どうなさいます」
「あっ、あの子達がよければ……ゆっくりと」
「そうですか。では、準備が出来次第案内させま……いえ、案内は私がしましょう。では」
ナミがいなくなり騒ぎだしたイオン達。
喉の渇きを感じ飲み物を取りに行こうとした時だった。
「ついて来てください。ナミがいないうちに」
僕に触れたカレンの手。
水のような冷たさが、体中を巡り震えを呼んだ。
「見せたいものがあるのです。たいしたものではないのですが」
カレンに引かれるまま客室を出た。
イオン達の大声は、僕への茶化しだったのか。
屋敷に仕える者達。
カレンとすれ違う彼らは、深々と頭を下げ無言で通り過ぎていく。僕を見て驚かなかったのは、来客という情報を得ていたからだろう。
静けさに包まれる中、カレンが置かれた状況を思った。
「あの、見せたいものって」
「隠れ場所です、私の」
「……隠れ場所」
「子供の頃に見つけたのです。ナミも知らない……私が、私を取り戻せる場所」
誰もいないことを確認し、カレンは角を曲がりまっすぐに歩く。つきあたりに見えた古ぼけた扉。
カレンが扉を開けた直後、僕達を包んだのは埃の匂いだ。
中に見えたのは薄闇とガラクタの山。
「ここが、隠れ場所?」
「はい。神と崇められる者が、ここにいるとは誰も考えません。時々ここに隠れて、言い聞かせるのです。私は……生きているのだと」
扉を閉め微笑んだカレン。
生きている……そのひとことに込められた悲しみと希望。
「戻りましょう。ここがナミに知られたら、私は本当に居場所を失くしてしまう」
「どうして……僕に?」
「そばにいてほしいからです」
どくんっと体中が音を立てた。
「ここにいる今もまた……訪ねてきた時も」
カレンが……僕を。
「願いやこれからのこと……話しながらずっと」
夢のように……美しい
僕を。
「だめですか?」
「え?」
「幻滅しましたか? ……埃まみれの場所を居場所だと言う私に。あなたが知る世界、人間界は綺麗なものに
振り向いたカレンの寂しげな笑み。
「……僕は叶えたいです、あなたが望むことを。僕と一緒に叶えてほしいです、あなたが望む未来を。あなたと一緒に……僕は生きていく」
「ずっと……私と。私も……あなたと一緒に」
噛み締めるようにカレンは呟いた。
以来、イオン達を連れ何度も訪れた屋敷。
誰の目にも触れず、埃まみれの闇の中カレンと過ごしたひと時。
語りあい
笑いあい
触れ合って……
「カレン」
彼女の名を呼んだのは、何度目の逢瀬だったか。
そして……彼女が宿した新しい命。
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