第20話
カレンが身籠った。
僕はそれを、思いもよらない形で知ることになる。
「ココ、カレン様に渡した花の色いくつになったの?」
ピケの問いかけを前に嬉しそうに笑ったココ。
「7つだよ。ピケは知ってる? 人間界で見える虹は7色なんだって」
「ふうん? ミント様が教えてくれたの?」
「違う、お母さんが教えてくれたんだ」
「で? ピケは知ってるのかよ」
素朴な疑問を投げたイオンを前に眼鏡をかけ直すピケ。
「爺さんは景色より冒険に興味があったからね。旅先でいろんなものを見てると思うけど」
「だから知ったかぶるなって。知らないならそう言えばいいのにさ」
「ふたりとも、いつか人間界で虹が見れたらいいね。楽しみだな、早く叶えばいいのに」
イオン達を連れ向かった屋敷。
僕達を気にする様子もなく、仕える誰もが通りすぎる中ナミが近付いてきた。イオンが話すことに慣れ、ココの花束を前にカレンの隣で笑っていたナミ。
この時もいつものように挨拶を交わすはずだったが。
バシッ‼︎
聞き慣れない音と頬に走った痛み。
「なんてことを、あなたはっ!!」
僕達を凍りつかせた怒鳴り声。
何が起きたのかわからなかった。ナミが何故怒っているのか、いきなり頬を叩かれる理由なんて思いあたらない。
「あっ、あの」
「目を離すべきじゃなかった。私としたことが、気を緩めてしまったなんて。話があります。私と一緒に来て頂きましょう」
「ナミさん? どうし」
「早く来なさいっ!!」
怒鳴り声に続いたイオン達の悲鳴。
「ああ、この子達は」
自身を落ち着かせるように目を閉じたナミ。少しの間を置いて『君達は』と声を絞り出した。
「先に客室に行きなさい、場所はわかりますね? 美味しいお菓子が待っていますから。……さあ、あなたはこちらへ‼︎」
不安げに僕を見上げたイオン達。
僕の腕を掴みナミは歩きだした。
連れていかれたのはナミの部屋だった。
本がびっしり並んだ本棚と
「ここなら誰にも話を聞かれません。カレン様が宿したのは……あなたの子供ですね?」
何を言われたのかすぐにはわからなかった。
ナミが言ったことを頭の中で繰り返す中浮かんできたカレンの残像。出会った頃と違う、穏やかで柔らかな笑顔。
授かった新しい命。
高鳴る想いに包まれた瞬間だった。
「僕達の子が……本当に?」
声を弾ませた僕と顔を曇らせたナミ。
カレンの立場を考えればナミの反応は当然だった。この時に気づいた頬を叩かれた理由。それでもカレンと約束した。一緒に生きて……幸せになるのだと。
「あなたはわかっているのですか。カレン様が何故、ここに閉じ込められているのかを」
「え?」
ナミの問いかけが呼び覚ました子供の頃の記憶。
両親が語った美しくも哀れな
子供を産ませないために決められたこと。
子供を産むことは、彼女達の死を意味する。
「そうだ……カレンは」
「ご存知のようね。……わかっていながら」
ナミはうつむき黙り込む。
訪れた沈黙の中、鮮やかなままだったカレンの残像。
「すみません。……でも、僕はカレンを」
「本当なら、あなたも子供達も2度と屋敷には入れないつもりでした。カレン様の命を守るために、出来るだけのことを……と」
ナミの言葉は、刃となって僕を貫いた。
屋敷への出入りを禁じられたら僕達の約束はどうなってしまうのか。授かった命が奪われるとしたら。
「ですが、カレン様は産むことを決めたのです。母親として宿した命を守っていくのだと。その想いを、私は支えていくと決めました。……それで」
僕に向けられた鋭さを宿した目。動揺と緊張の中、ナミの言葉を待った。
「あなたには覚悟がありますか? カレン様の決断を受け入れること。カレン様がいなくなっても、産まれてくる子供を愛すること」
「……ません」
ナミの問いかけを前に掠れた声。
僕の中を巡り動いた想いは、絶望を前にした希望の産声だったのか。
「カレンは死にません。僕と約束したんです、一緒に生きていくことを。生きて……僕達は自由を手に入れるんだ」
「……自由」
ナミの顔に浮かんだ優しさ。
笑みを浮かべるより先に見えたそれは、懐かしい思い出を呼び起こした。僕が子供の頃、母さんが向け見せてくれたもの。母さんが願ってくれた僕の幸せ。
この時わかったんだ。ナミがカレンを思い守っていたことを。
「あなたはカレン様が見つけた、未来への翼なのかもしれません。母親になることは、カレン様が決めた自由。……幸せそうに笑っています。閉ざされていた今までを溶かしていくように。きっと、あなたと同じことを考えているのでしょう。死にはしない……一緒に、生きていくのだと」
僕達に子供が出来たことを、イオン達に知らせたのはナミだった。驚くイオン達を前に僕と向きあったナミ。
「屋敷の者達にはまだ話しません。ルールに縛られた彼らは、子を産ませまいと動きだすでしょうから。まずは私達がカレン様を守りましょう。カレン様を包む幸せが、奇跡を起こすと信じて」
「ねぇ、なんでおばさんが仕切るのさ」
「おばさんとは失礼な。今後、君達へのもてなしは私の教育としましょうか。それでいいのですね、イオン君」
「もうお菓子食べられないの? ココ楽しみにしてたのに‼︎」
「ココ、これは冒険だと考えよう。冒険に試練はつきものだからね」
震える手で眼鏡をかけ直したピケ。
この時僕は思ったんだ。
悲しい
楽しさに包まれ幸せを広げながら。
その先にある、僕とカレンの未来を信じて。
カレンは笑っていた。
愛おしげにお腹を撫でながら。
モカと名付けた僕達の子供。
「この頃モカがよく動くのよ。私が話すことに答えるように。元気がよくて可愛くて。モカ……モカ、いい子ね……モカ」
眠りにつく前に、愛せるだけ愛していく。
カレンの想いと、モカに注がれた愛情。
モカが産声を上げ、眠りについたカレン。
それは僕とイオン達、屋敷仕える者達を驚かせた奇跡の瞬間だった。
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