第18話
くすぐったさに包まれたひとときだった。
美しい
「あの、いいですか……連れて来ても」
僕の問いかけに『あっ』と言うようにカレンの目が見開かれた。
「私ひとりでは決められないのです。屋敷にいる者がなんと言うのか。ここで待っていてください」
カレンが屋敷に戻り連れて来た初老の
僕を見るなり眉間にシワを寄せ『どなたですか?』とカレンに問いかけた。屋敷に仕える中、偉い立場にいるのだとすぐにわかった。
「この世界を統べるお方です。ご友人を、ここに招きたいと」
「ご友人?」
深まった眉間のシワが物語る僕への不信感。
「信用出来るのですか? カレン様に変な虫をつける訳には」
「この方は、長老様からの信頼が厚いのですよ……ナミ」
「なんと、ヨキ殿の」
ナミの顔に浮かんだ笑みと弾む声。
どうやらヨキは、長老として深い信頼を持たれているらしい。ナミを前にイオンの提案が潰されるかと思ったが、こんな所でヨキに助けられるとは思わなかった。
「ヨキ殿が信頼を……となると、断ってはバチがあたりますね。特別に許可しましょう」
カレンの顔に浮かんだ安堵の色。ヨキの名前を出したのは、カレンにとっても賭けだったのかもしれない。
「風が冷たいですね。カレン様、屋敷に戻りましょう。……では、来訪をお待ちしております」
カレンの背中を押し、僕から引き離すような動きを見せたナミ。あとでわかることだが、ナミはカレンを守ることに徹していた。幼くして親から引き離され強いられた立場。カレンを哀れに思い、屋敷に仕える誰よりも気にかけていた。
娘のように……孫のように。
ナミが優しさを見せず、厳しい顔を見せ続けたのは、カレンから離されるのを恐れたからだ。決められたルールだけを守っていればいい。屋敷に仕える者の多くがそう思い込んでいた中、ひとり守り続けるために。
閉ざされた屋敷の中。
カレンが身篭り、母になることを決めた。その思いに1番に寄り添ってくれたのはナミだ。
連れて行ったのはイオンとピケ、仲間になったばかりのココ。全員を連れて行く訳にはいかず、誰が行くかは話し合いで決めた。
提案したイオンは真っ先に決まったものの何を言いだすかわからない。イオンのなだめ役として選ばれたピケ。ココは『私も』と声を震わせながら手を上げた。魔法を使えないことで落ち込みがちだったココ。『自信を持っていいんだ。魔法よりすごいことを、君は出来るから』何度か声をかけていた中で、ココが最初に見せた自信だった。
黄金の樹海。
金色の空の下、金色の樹々を前に感嘆の声を上げたのはピケだった。
「すごいな、僕の爺さんに見せてあげたかった。爺さんは人間界で、冒険者に会ったことがある。冒険者に憧れて旅をしたこともあったんだよ。このデカ眼鏡、爺さんが旅の先で見つけたものなんだ」
ズリ落ちた眼鏡をかけ直しながら笑ったピケ。
白い花が咲く大きな木。
カレンが待つ場所へ向かう中、イオンは満面の笑みを浮かべながら僕の隣を歩いていた。僕を茶化すことを楽しみにしてたらしいが、その計画はあっけなく崩れることになる。何故なら……
「あそこだ。みんなを待っている」
僕が手を伸ばした先。
カレンを前に感嘆の声が上がった。僕達に気づき、頭を下げるカレンの横に立っていたナミ。イオンは僕の腕を掴むなり言った。
「なんか、怖い人がいない? 睨まれた気がするけど大丈夫かな。絶対、眉間にシワ寄せてるよ?」
イオンを怖がらせるほどの迫力。ナミのカレンを守ろうとする思いは本物だ。
『先に行くよ』と駆け出したピケを追い走りだしたイオン。
イオン達を見たカレンは、意外そうに首をかしげた。
無理もない、僕よりも歳が下の子達なのだから。
「どうしました?」
「いえ、もっと……歳が上の方が来るものとばかり」
「僕は子供に好かれるようです。それだけ僕は、頼りないのかもしれませんが」
「……子供」
呟いたカレンに近づいたココ。
「こっこんにちは。えっと……これ、お母さんが」
体を震わせながら、ココが差し出したのはピンク色の小さな花束。
「家の外に咲いてるの。ココが好きな色、お母さんがね……見せてあげてって」
「……お母さん」
「ココに先を越されたな、手土産。……と言いたい所だけど、何も持ってこなかった。この眼鏡は渡せないし、何してるんだイオン。言い出しっぺの君が、手土産がないはずはないよね?」
「てっ手土産? えっと」
慌てふためいたイオン。
ナミを見るなり石のように固まったのは、今となっては本人が嫌がる笑い話だ。
「ないって言ったら怒られるのかな、おばさんに」
「おばさんとは失礼な。私はナミと申します、お客様」
「ふふっ」
澄んだ声が風に乗って流れた。
カレンが笑った声が。
「ごめんなさい、笑ったのは失礼でした。驚きました、お土産ひとつで楽しそうに」
カレンが浮かべた笑み。
差し出されたままの花束を前に、穏やかで優しいものだった。
「ねぇ、花束」
「ごめんなさい。……ありがとう」
カレンが受け取った花束の上を、白い花びらがなぞり落ちていく。嬉しそうに笑ったココの頭に乗った1枚の花びら。
「綺麗ですね。見たことがない花の色。私が知っているのは……この木が咲かせるものだけです」
「これからも……ココが見せてあげる。いっぱいのお花……お母さんも喜ぶよ」
「そうだ、思いだしたよココッ‼︎」
大声を出したピケと、びくりと体を揺らしたイオン。
「なんだよピケ、いきなりさ」
「花束、ココが持ってるのを見ながら考えてたんだよ、爺さんから聞いていたことを。やっと思いだしたんだ、人間界にある結婚式。花嫁さんのブーケ」
この時にはなんのことだかわからなかった。
ブーケと呼ばれるものがなんなのか。
首をかしげるカレンを前に、満足げにピケは笑った。
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