第15話
カレンは変異体として生まれてきた。
変異体の特徴は白い肌と細い体。体は水のように冷たく生命力も弱い。変異体の姿は美しく、この世界では神のような存在とされるがこれには理由がある。
子供を産ませないため。
それは、美しい者の命を守るために決められたこと。
***
「サラ、打ち合わせを始めましょう。卵のゼリー、材料と作り方について」
「はっはい。……でも」
僕を見るなりうつむいたサラ。
「寂しくなりますね、ミント様が戻られてしまったら」
サラの声が仲間達に沈黙を呼ぶ。まいったな……
「何度でも戻ってきます。どうですサラ、ココに会いに来夢に来てみては」
「いえ、私は待っていたいのです。あの子がいっぱいのお土産話を持って帰ってくることを。ミント様、あの子は役にたっていますか?」
「えぇ、ココはよくやってくれる子です。客からの評判もいいのですよ」
「本当ですか? あの子……がんばってるのね」
サラは嬉しそうに微笑む。
子を案じる母親の顔。
モカを産む前に、カレンが見せたものと同じだ。
「サラが元気になったところで始めましょう。エリス、君が思いついたことは他にありますか?」
「もちろん。小さい卵と大きい卵を作りたいです。ゼリーの隣にひよこのクッキーを置いてほしいな。クッキーはバナナの味で、チョコチップの目とアーモンドのくちばしがついてるの」
「すごいよエリス、絶対完成させような‼︎ そうだ、僕が運ぶ時ついておいでよ。来夢の開店前に一緒に並べようぜ」
「ふむ、いいアイデアです」
「何が? ミント様」
「イオンが言ったことですよ。仕事を口実にデート……もがっ」
僕の口を塞いだイオンときょとんとしているエリス。わかりやすいイオンを前に、これほど鈍いとは思わなかった。
「まったく、油断出来ないな。何言いだすんだよ」
「もがっ。僕は思ったことを」
「イオンったら、打ち合わせ中にふざけちゃだめっ!!」
「怒らないでよエリス。僕……ふざけてないんだけどな」
笑いだした仲間達を前に、エリスは『何?』と首をかしげる。この鈍さ、イオンの想いが届くまでには時間がかかりそうだ。
「あの、虹の卵って名前はどうかしら。ピンク色のゼリーやオレンジ色のゼリー、割った時に嬉しくなると思うんです」
サラの提案にエリスは嬉しそうに笑う。
「来夢のイメージにぴったり‼︎ ねっミント様」
「ええ、とても」
仲間達から出始めた材料や作り方への提案。
そのなかでイオンは黙り込む。エリスを喜ばせることはないかと考えだしたのか。
「エリス、僕からお願いなんですが」
「なんですか? ミント様」
「ひよこのクッキーの名前、イオンと一緒に考えてほしいんです。僕も考えてるんですが、なかなか浮かばなくて」
「いいですけど、どうしてイオンなんですか?」
エリスの問いかけにイオンはガックリと肩を落とす。
彼女の鈍さは鉄の壁だ。
「その……君とイオンは歳が近いですし、モカが喜びそうな名前を考えてもらえたらと思いまして」
「モカちゃんのため? だったら可愛い名前にしなくっちゃ。何してるのイオン、こっちに来て」
「えっ‼︎ うん、いいの?」
「ミント様の話聞いてなかったの? 頼まれたんだから、ちゃんとしなきゃだめじゃない」
駆け寄っていくイオンとペンを手に微笑むエリス。ふたりを見る仲間達の温かいまなざし。
「少し外に出て来ます。すぐ戻りますので、打ち合わせを続けてください」
ドアを開け見えた金色の空。
僕を包む風の冷たさは、カレンに触れ感じた冷たさを思いださせる。
「みんなわかるだろうな。僕の少しが……少しではないことを」
細い路地を歩き向かうのは
1番の魔法使い。
僕をそう呼び決めたのはこの世界の長老ヨキ。
世界の調和を乱さないため統べる者が必要だった。ヨキの目に止まったのが
人を怒らせたり傷つけることは嫌だった。
僕が断ることで、ヨキの期待を裏切ったり場の空気を乱すこともしたくなかった。だからヨキに言われるまま、1番と呼ばれることを受け入れた僕だったが。待っていたのは、望みもしない尊敬のまなざしと投げつけられる妬みの声だった。
僕に憧れ、慕ってくれる者達を裏切る訳にはいかない。その思いひとつで過ごす中出会ったカレン。
神のように崇められ、近づくことが許されなかった
カレンとの出会いは、僕にとって最高の奇跡だった。
きっかけはヨキからの『女神様に会わないか?』というひとこと。長老からの申し出を断る訳にはいかない。ヨキに言われるままあとを追い、たどり着いた黄金の樹海。
「あそこだ。綺麗だろう?」
ヨキが指さした先に見えた、白い花が咲き誇る大きな木。舞い散る花びらの中ひとり歌っていたカレン。
青みがかった白い髪と透きとおるような肌。
美しさを引き立たせる光輝く白い衣。
時が止まったような錯覚の中、目をそらすことが出来なかった。
「どうしたんだミント。女神様に会うのだろう?」
「近づいて……いいんですか。あの
自分でも呆れるほど声が掠れていた。
「何を寝ぼけてるんだ? 君はこの世界で1番の存在なんだ。さぁ、行こう」
ヨキに腕を掴まれるままカレンに近づいた。
一歩、また一歩と近づくたびに早まっていく鼓動。あの時の緊張は、神々しい者に近づいていく恐れでしかなかったというのに。
ヨキに選ばれなければ、カレンと出会うこともモカが産まれることもなかった。運命……巡り合わせというのは何があるかわからない。
「カレン様、こちらへ」
ヨキの大声と途切れた歌声。
振り向いたカレン。
僕を見た薄青色の目。
それは優しく、寂しげな光を宿していた。
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