ミントと眠る……

ミント視点

第14話

 魔法の世界。

 それは人間ひとの想いが作りだした場所で、人間界と合わせ鏡のように存在する。

 人間ひとが描き持つ希望が、黄昏に包まれた世界を作りだした。魔法使いを生みだしたのは人間が描きいだいた願いと夢。

 それだけならここは美しい世界だが。


 人間が持つ歪んだ感情は、時に悲しい存在ものを生みだしていく。

 魔法の力を持たず見下される者。

 そして……華奢な体と、弱い生命力を持つ変異体と呼ばれる女性ひと



 ***



「ミント様、見て見て‼︎ ママと一緒に作ったんだよ」


 駆け寄ってきた少女が差し出した1枚のクッキー。散りばめられたチョコチップと香ばしい匂い。


「上手く焼けましたね。来夢に置けばすぐに売れてしまうでしょう」

「売れちゃったらミント様が食べられないよ? どうしよう、ミント様がお腹を空かせちゃう」

「駄目よ、ミント様を困らせちゃ。ごめんなさいミント様。私の娘が失礼を」


 近づいてきた母親が深々と頭を下げる。

 僕は困ってないし、頭を下げられることではない。


「気になさらず。クッキーは今ここで、僕が食べるとしましょう」


 嬉しそうな少女の横で『いいえっ‼︎』と首を振る母親。『そんなこと、ミント様にさせられません』とでも言うように。

 困ったな、人間界で言う火に油を注ぐというものか。

 どうやら彼女には、僕が特別な者のような思い込みがあるらしい。1番の魔法使いなんてまやかしを、誰より先に捨てたのは僕だというのに。

 カレンがここにいれば、僕より上手く彼女をなだめられるだろうか。


「ミント様、ここにいたんだ。一緒に来てよ、商品についていいアイデアが浮かんだんだって」


 近づいてきたイオンと、少女の手を取って離れていく母親。イオンは来夢を始めることに、最初に賛成してくれた少年だ。


「助かりました。何を言っても頭を下げられそうで、どうすればいいか考えていたんです」

「珍しく困ってたし、見ててもよかったんだけどね。アイデアが浮かんだ子を、待たせる訳にいかないからさ」


 ペロリと舌を出しイオンは笑う。

 魔法を遠ざけることに最初に賛成してくれたのもイオンだ。魔法の力を持たない者達を受け入れていくことにも。1番と呼ばれることや、立場より大切なものをイオンは教えてくれる……カレンのように。


「イオン、アイデアが浮かんだのは誰ですか?」

「エリスだよ。卵をイメージしたゼリーみたい。ヨーグルト風味の白いゼリーの中に、苺味や葡萄味のゼリーを入れたらどうかって。殻を割るまで中身はわからない。問題は、どうやって作るのかってことだけど」

「なるほど、エリスはいいことを思いつきますね」

「僕も考えてるけどなんにも浮かばない。卵のゼリーか……来夢に置かれたら買いに行ってみるか。ココにバレないよう変装して」

「あの町にある入り口は、来夢の中のものだけです。ココに気づかれず、どうやって外に出るつもりですか?」

「う〜ん、ピケも見張ってるし難しいかな。それに、ミント様も裏切って茶化しに回りそうだし」

「おや、僕は裏切りそうに見えるんですか?」

「見えるよ。わかってるだろうけど、褒め言葉だからね?」


 イオンと肩を並べ歩く黄昏世界。

 夜が来ないだけで、服装と町並みは人間界とあまり変わらない。人間の想いが反映された世界は、人間界と人間への憧れで満ちている。


 わかりあい、育まれていく友情も。

 愛しあい、産まれ育てていく新しい命も。



 来夢に似た建物を前に息を吸い込む。

 扉を開け入ると、甘く香ばしい匂いに包まれた。


「ミント様、やっと来てくれた。イオンったらすぐ戻るって言ったのに」


 頬っぺを膨らませるエリスを前にイオンは顔を赤らめる。なるほど、イオンはわかりやすいな。


「エリス、イオンから聞きましたよ。いいアイデ……むぐ⁉︎」


 イオンが僕の口を塞ぐ。

 エリスの顔が赤みを帯びて……


「イオンったら、黙っててって言ったのにっ‼︎」


 エリスの大声とあとに続く仲間達の笑い声。


「ぜっ全部は言ってないよ。卵の殻はチョコレートかクッキーかってことは、エリスが」

「もうっ‼︎ そこで言っちゃってるじゃないっ‼︎」


 なるほど。

 エリスは自分から話すのを楽しみにしてたってことか。イオンが黙っていられなかったのは、エリスのアイデアを自分のことのように自慢したかったということ。


「もがっ……イオン、手をっ」

「あっ、ごめん」


 イオンの手から解放され呼吸を整える。

 来夢への商品運びで、随分と力がついたんだなイオンは。


「エリス、怒ってるの?」

「あたりまえでしょ? もう、イオンなんて知らないんだからっ‼︎」


 そっぽを向くエリスを前に、イオンはガックリと肩を落とす。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだ。僕も1度くらいは、カレンと喧嘩をしてみたかった。


「すみません、僕がうっかり」

「ミント様は悪くないよ。口止めしなかった僕が悪いんだし。ごめんな、エリス」


 ふたりを気遣い、何事もなかったように雑談を始めた仲間達。振り向いたエリスが『ううん』とうなづいた。


「ミント様、お茶をどうぞ」


 ティーカップを手にサラが微笑む。

 ココの母親だ。

 ココが魔法の力を持たなかったことで、彼女は長いこと辛い思いを強いられてきた。


「こちらにはいつまでいらっしゃるのです?」

「そうですね。もうしばらく……と言いたいところですが、モカが食べるものが終わる頃なので。明日には戻るつもりです」

「そうですか。少しでも、カレン様に変化があればいいのですが」


 ティーカップを受け取ると、サラは祈るように目を閉じた。祈りや願いに、どれだけの力があるのか僕にはわからない。だが、想いの力は時に想像を越える奇跡を起こす。



 モカが産まれ、死ぬはずだったカレン。

 カレンの命を繋ぎ止めているのは、母を想うモカがかけたひとつの魔法だ。

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