第12話

 ミントは自分のことを話さない。

 僕と母さんに声をかけたあとは、ココを茶化したりモカを気にかけたり。

 お店を大事にしてるのは見ててわかるけど掴みどころがないんだよな。


 カレンさんか。

 ふざけてばっかりのミント。父親だなんていまいちピンと来ないけど、カレンさんを来夢で見かけないのなんでだろ。


「ココ、カレンさんはお店で働かないの?」

「うん、魔法の世界にいるから」


 こっちには来てないのか。

 モカがいるのに一緒にいないなんて。

 もしかして……まさか、ミントに限ってそんなことないだろうけど。


「ミントとカレンさん、喧嘩してるの?」

「えっ? なんでそう思うの?」

「だって、一緒にいないってことは仲が悪いんじゃ」

「違う違う」


 ココはティーカップの破片をハンカチでくるみ、慎重にポケットにしまう。僕は気にしないで捨てに行ってもいいのに。出す時怪我しなきゃいいけど大丈夫かな。


「ミント様にとって、カレン様はとても大切な女性ひとよ。私にとってもね」


 ココの顔に浮かぶ優しい笑み。

 ミントとカレンさんの存在がそうさせるのかな。

 ココが今幸せなのはミントと仲間達、カレンさんに会えたから。そう感じさせる柔らかい雰囲気がココを包んでる。


「ごめん、変な質問しちゃって」

「無理ないよ、大地君カレン様のこと知らないんだし。どうしようかな、いつかミント様が話してくればいいんだけど」


 こめかみを人差し指で押さえ目を閉じたココ。

 これって、何かを考える時の癖なのかな。佐倉もこんなふうに考える余裕があれば、瞬間湯沸かし器にならずにすむのに。


「大地君、自信ある? これから私が話すこと、ミント様にバレないって」

「自信って何? ココが言ったこと黙ってればいいんだろ?」

「ミント様、ああ見えて勘がいいのよね。大地君、顔に出る子だし黙っててもバレる気がするんだもん」

「だったら、無理に話さなくても」

「話さなきゃ、気になって何も手につかなくなるんじゃない?」

「うっ。……それは」


 痛いところを突かれた。

 なんか、思いっきり見透かされてるな。

 魔法は使えなくても、心を読む力とか持ってるんじゃないかな、ココってば。


「と言っても、話せるのは少しだけなんだけど。信じちゃおうかなぁ……大地君の演技力を」


 そんなこと言われたら余計に緊張する。だけどミントが話してくれる保証もないしモカに聞くわけにもいかない。


「話せることだけでいいよ。全部聞いたら間違いなくバレると思うし」

「うん、だから言えないの」


 うなづくココを前に思う。的確なツッコミを前にふざけられるミントってすごいんだな。


「驚かないで聞いてね。カレン様がここにいないのは、眠っているからよ……ずっと」

「え?」


 眠ってるってどういうこと?

 ずっとって……今も?


「モカ君を産むことと引きかえに、カレン様は眠ることを選んだの。いつ目を覚ますかわからない。もしかしたら……眠り続けたまま」


 体のどこかで何かが音を立てる。


 ズシリと重く。

 ズキリと痛く。


 ミントが自分のことを何も言わなかったのは。


「モカ君が産まれる前、カレン様はミント様にこう言ったそうよ。『子供の名前、モカでいいかしら。男の子でも女の子でも』って。ミント様がうなづいたら、カレン様は嬉しそうに笑ってたって。私や仲間達にも微笑んでくれて、幸せな気持ちにさせてくれたのよ。『眠りにつく前にモカを精一杯愛さなきゃ。だから繰り返し名前を呼んであげるの』ってお腹を撫でていた。カレン様は愛せるだけモカ君を愛したの。眠ったまま……命が尽きても悔いがないように」


 ミントのひとつだけの願い。

 ミントが願い続けてるのは……カレンさんが目を覚ますこと。


 もしかして、モカが喋らないのはカレンさんが理由なのか?

 


 モカは……お母さんを待ち続けてるんじゃ。





 小さな体の中に……願いを閉じ込めて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る