第11話

 クリームとフルーツがいっぱいだったケーキ。

 母さんはスマホで写真を撮って今も保存している。見返しては嬉しそうに笑ってるし、来夢に行くのを楽しみにしてるけど。

 僕はこのまま……来夢に来てていいのかな。


「魔法は使わないってミントが決めたこと、僕の……誕生日が破らせた」


 ココがあっという顔をする。

 うつむき見えた床を濡らすハーブティーと粉々に割れたティーカップ。


「あの時……ミントはどんな気持ちだったのかな。ココだって」

「ちょっと待って。大地君ってば、私達が嫌な思いをしたと思ってるの?」

「だって、僕は」

「大地君、私の話ちゃんと聞いてた? ミント様は幸せな繋がりを願ってるのよ。誕生日を迎えた大地君も、お祝いにと来夢を選んでくれたお母様も幸せの中で繋がってる。ミント様の願いを叶えてくれてるじゃない。だからミント様は大地君のために……そうでしょ?」


 顔を上げ見えた微笑むココ。

 不思議だな。

 ツインテールが似合う女の子が大人びて見えるなんて。なんだか夢を見てるみたいだ。


「ココは怒ってないの? 僕のこと」

「何を? 大地君は来夢のお客様で、大切なお友達。それにね、あの日は私達もいけなかったの。ケーキをいっぱい焼けばよかったのにちょっとしか焼いてなかったから。お菓子作りに慣れてなかったし、売れなかったらどうしようって心配してたんだ」


 ココはしゃがみ込み、ティーカップの破片を拾いだした。真っ白な床を淡く染めるハーブティー。


「危ないよココ。それ、僕が片付ける」

「そう? じゃあ、お願いしようかな。もしものためにね、ハンカチ持ってるんだ」


 ぺろりと舌を出しながら、床を拭きだしたココと破片を集める僕。割れた食器、母さんが片付けてるのを見たことがある。今度見かけたら手伝ってあげなくちゃ。


「大地君にだけ話す秘密。来夢を建てたここにはあるものが隠されてるの。なんだと思う?」

「そんなこと、いきなり言われたって」

「そうだよね。入り口よ……魔法の世界への」

「入り口? ほんとに?」

「嘘をついてどうするのよ。でなきゃケーキもお菓子も、魔法の世界から持ってこれないじゃない。材料だって人間界から運べないんだから」


 僕をからかうように頬っぺを膨らませたココ。すぐに笑って愛おしげに店内を見回した。


「ココ。入り口って、水溜りのこと?」


 初めて会った日、ミントは教えてくれたんだ。

 夕陽に染まった水溜りは魔法の世界への入り口だって。


「ミント様に教えてもらったの? ここはね、来夢が建つ前は空き地だったの。真ん中にあったのは、雑草に隠された水溜り。その水溜りはね、雨が降って出来たものじゃなくて、人間界と魔法の世界を繋げるために作られた特別なもの。来夢が出来たあとミント様が教えてくれたんだ」


 水溜りが魔法の世界への入り口だなんて。

 すごいな。

 夢みたいなことって本当にあるんだ。


「水溜りは世界のあちこちにあるみたい。魔法使い達は水溜りを利用して、こっそりと人間界にやって来るそうよ。人間界……朝と夜の、色が変わる世界を楽しむために。魔法の世界は夜が来ない、黄昏に包まれた場所だもの。大地君、こう考えたらドキドキしない? 通学途中や町のどこかで、魔法使いとすれ違ってるかもしれないって。出会いも別れも大切な宝物。だからみんなが仲良くなれればいいのに。みんなが助けあって、仲間はずれにされない世界になればいいのにね。私が幸せになった今も……魔法の世界では、誰かが見下されてる」


 床に落ちたままの、小さな破片にココの指が触れた。

 夜が来ない世界か。

 黄昏って夜が来る前のひと時だったけ。金色に包まれた世界……綺麗な場所なのに、魔法が使えないことで辛い思いをするなんて。


「来夢をきっかけにみんなが優しくなっていくかもしれないよ。僕は少しだけ、話すことが上手くなった気がするんだ。ずっと前の僕は、言いたいことが言えなかったのに……ミントのおかげだよ」

「ミント様が聞いたら喜ぶな。早く帰ってくればいいのに。そうだ、喜ぶのはミント様だけじゃない。きっとカレン様も」

「カレンって……誰?」

「そっか、大地君は知らないのね。モカ君のお母様よ」


 モカのお母さん?


 ……ってことは、ミントの奥さんか。

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