第8話

 ざわめきを静寂に変えたもの。

 それは僕の前に立ったありすの咳払いだ。

『ちょっと、みんな黙っててくれない? 』とでも言うような。


「転校生だったなんて驚いた。びっくり箱を開けた気分」


 さっきまで僕と日向に向けられていた視線ものがありすに向けられている。

 僕が今朝ありすに会っていることをみんな知らない。なんでって思ってるんだろうな、ありすが席を立って動揺してたのを。


「結城君に言っておくわ」


 言うって何を?

 ここでもまた八つ当たりか?


「あっ、ありすちゃん」

「大丈夫よまなか」


 駆け寄ったまなかをなだめるようにありすは微笑む。


「学級委員長として、転校生と話すだけだから」


 八つ当たりでも謝るでもなく……か。

 ここでチビ呼ばわりしなかっただけ、少しは反省してるんだろうけど。

 ありすの背中越しに見える、席を立ったまま僕達を見る日向。不安げなまなかの横で佐野はニコニコ笑っている。


「本当なら、私とまなかが任されるはずだった結城君のサポート。日向君に決まったけど諦めてないから。諦める訳にはいかないのよ、出来るだけのことをやっていくために。学級委員長になったの……好きな人に追いつくためなんだから」


 言い終わるなり『あっ‼︎』と声を上げ、教室を見回したありす。好きな人がどうとか言わなくてもいいことを。ごまかすような咳払いのあと、ありすはまなかを連れ教室から出て行った。


「佐倉さんってば、ほんと賑やかなんだから」


 ほがらかな佐野の声とあちこちから聞こえだした話し声。


「僕、佐倉さんと同じ小学校だったんだ。いつもあんな感じなんだよ、思うまま動いて喋って瞬間湯沸かし器みたいな子。ねぇ、日向君もおいでよ、結城君と話そうよ」


 佐野の手招きに応えるように日向が近づいてくる。佐野は不思議な子だ。何を言っても嫌味に感じない。疑いも悪意もなく誰の心にも浸透していくような。


「結城君が入ってくる前に先生が言ってたんだ。『みんな絶対に驚くぞ』って。日向君に似てるってこと先生は黙ってたけど。僕はね……結城君」


 僕の顔を覗き込みにっこりと笑った佐野。


「すごくワクワクしてたんだよ。なんでかわかる?」


 わかりっこないだろ、そんなこと。


「結城君、ふれあい公園の前にいたでしょ?」

「なっ‼︎」


 不意の問いかけに心臓がどくりと音を立てた。

 なんで佐野が知ってるんだ? あそこには誰もいなかったはずなのに。僕の反応が面白かったのか、佐野はクスクスと笑っている。


「驚かないでよ、僕ふれあい公園の近くに住んでるんだ。一緒にいたのは結城君のお兄さん? かっこいい人だったね、僕の兄貴もあんな人だったらいいのに」


 話してる所を見られたのか。

 悠太さんが燕尾服を着てなくてよかった。何がきっかけで家のことがバレるかわからない。先生が知ってるだけなら大丈夫だと思ってたのに気が抜けないな。

 だけど、悠太さんがお兄さんに見えたのか。そうだよ、悠太さんは僕が自慢出来る最高のお兄さんだ。


「家を出る前に結城君とお兄さんを見たんだ。もしかしたらって思ったけど、教室に入ってきてやっぱりだって嬉しくなっちゃった。日向君が選ばれたの、先生から僕達への謎かけだったのかもね。みんなもそう思わない?」


 ざわめきの中うなづく何人かの生徒達と、佐野と顔を見合わせ笑った日向。ほんと……佐野は不思議な子だな。


 悠太さんに話せることが増えた。

 僕のお兄さんに見えたみたいだよって。


「結城君、引っ越してきたの? あのあたりでわからないことがあったらなんでも聞いて。落ち着いたら僕の家に遊びにおいでよ、日向君もさ」


 そろそろ次の授業が始まる頃か。

 前の学校とは全然違う。

 休み時間でも教科書を手放さず、学ぶことに執着した生徒達。心も自由も潰していく世界から、僕は逃げることが出来たんだ。


「そうだ、今日一緒に帰ろうよ。これからもさ」

「ごめん、僕は佐野君達と方向が違うから」

「途中まではいいでしょ? 日向君ってばひねくれちゃってさ」


 一緒に……か。

 悠太さんに見られたらどんな顔をするだろう。

『友達はいらないんじゃなかったっけ?』なんて言われるのかな。同じクラスの子と帰り道を一緒に歩くだけ。悠太さんが何を言っても聞き流せばいい。

 佐野が日向を引き寄せるなり顔を近づけてきた。


「帰り道楽しみにしてて。佐倉さんが好きな人のこと、こっそり教えてあげるから」


 小声で言った佐野。

 内緒話は苦手だし、佐倉が好きな人とかどうでもいいことだけど。


「佐野君? 今の話何? 私のこと言ってるでしょ‼︎」


 ありすの怒鳴り声に続いたチャイムの音。

 次の授業の始まりだ。








 次章 【魔法使いミントの憂鬱】


日向大地視点

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