第6話

 僕達を通りすぎて校庭に入っていく生徒達。

 同じ顔で向き合っている僕達は、彼らにどう見えてるんだろう。単純に考えれば双子……背が低い僕は弟だって思われてるのかな。


「日向君、彼が結城君だ。挨拶を」

「はっはい。……えっと」


 顔を赤く染め、日向は照れたように笑う。


「はじめまして。僕は日向大地」

「何度も聞いてるよ、君の名前は」

「そうなの? ……ごめん」


 こんなことで謝られても。

 今までも意味のないことで謝られてた。誰もが僕を持ち上げ機嫌を取ろうとして。そんな毎日からやっと抜けられたと思ったのに。


「つまらないことで謝らないでくれ。君は何故、僕のサポートを引き受けた」

「それは、雅先生に言われて」

「言われた? それだけが理由か?」

「違う。……その、僕は」


 日向は困ったように先生を見る。

 違うなら本当のことを言えばいいのに。ありす達といいどうしてすぐに言わないんだ?

 日向じゃ話にならないな。


「先生、どうして彼にサポートを?」 

「結城君の写真を見てすぐに決めた。似た子に会えた偶然が、親しみと縁に繋がればいいと思ってね」


 そんな理由で選ぶなんて子供じゃあるまいし。日向は驚いてるし理由わけは聞かされてなかったみたいだな。


「サポートは助かりますが、仲良くするつもりはありません。友達を作ろうとは思わないので」


 日向が顔を曇らせた横で『やれやれ』と呟いた先生。教材を持ち直すようなそぶりを見せながら、気を取り直すように息を吐きだした。まったく……悠太さんも先生もなんで友達にこだわるんだろう。


「転校初日から私の期待を裏切らないでくれ。とにかくわからないことは日向君に聞くように。そろそろ教室に行こう、みんなを驚かせるとしようか」


 ありすは僕を見てどう思うだろう。嫌そうな顔をするだろうし、これから先も僕をチビ呼ばわりしかねない。誰の反応も無視すればいいけど、あの子はそうはいかないな。チビ呼ばわりも八つ当たりも許すもんか。

 先生が歩きだし日向があとを追う。ふたりから離れ歩く僕を追い抜いていく生徒達。


 古めかしさを感じさせる校舎。

 昨日まで通っていた学校の華やかさとは違う空気とざわめき。僕を囲い機嫌を取ろうとする人達もいない。僕がいなくなった学校で何を騒がれようが、聞こえなければどうでもいいことだ。


「下駄箱、結城君はここだって」


 校舎に入ってすぐ日向が言ってきた。

 靴を脱ぎ履いた上履き。悠太さんが準備してくれたものは僕にぴったりだ。


「雅先生は先に行ったよ。『遅れてもいいから、結城君と話を』って」

「君と話すことはない」

「だけど、雅先生が」

「君は誰かの言いなりで動くのか?」


 サポートとか話すとか、自分で望みもしないことを。


「僕のサポートも話すことも先生に言われたから。言われなければ、君は何もしなかっただろ」


 日向は黙り込む。

 開いた口がすぐに閉じたのは、言うのをやめたってことか。さっきは言おうともしなかった本当のことを。


 チャイムの音に顔を上げた日向。

 同じ顔に浮かぶ戸惑いと弱さ、僕が悠太さんにしか見せないものが目の前にある。

 結城聖也の息子として人前で弱さを見せることは出来ない。失敗も弱音を吐くことも父さんに恥をかかせることになる。だから思い通りになる世界の中、望みもしない自分を演じている。


 強くて優秀な息子を。


 僕だって……本当の僕は全然強くないのに。

 だけど、僕を支配する仮面は簡単にははずせない


「転校早々遅刻だなんて。君、教室に案内してくれ」


 僕を見て日向は唇を噛む。

 言いなりだって言われて傷ついたのかな。僕は本当のことを言っただけだし謝るつもりはないけど。


「何をしてるんだ。先生に言われたんだろ? やりたくもない僕のサポートを」

「……違うよ」

「何が違うんだ? 言われなければ、僕とここにはいなかったくせに」

「そうかもしれない。最初は……なんで僕が? って思ったから」


 埃と土の匂いが混じった空気の中、静けさが僕と日向を包む。

 登校中のざわめきが嘘のように。


「だけど僕は決めたんだ。やってみようと思ったんだよ。もしかしたら、友達になれるかなって。そう……思ったから」


 また友達か。

 誰が何を言おうと、僕は悠太さんがいればいい。それにショコラとシフォンがいるんだ。これ以上望む存在ものなんてない。


「言おうとしてやめた本当の理由か? 僕は言っただろ、友達はいらないって。君は僕のサポートにだけ徹していればいい」


 鞄を持ち直し、日向の前を横切った。

 下駄箱を離れ振り向くと日向は立ったままだ。教室がどこかわかればひとりですぐ行けるのに。


「早くしてくれないかな。やろうと決めたんだろ? それとも決めただけで誰かに変わってもらうのか?」

「変わらないよ。……僕は決めたんだ」


 日向が近づいてくる。固く口を閉ざし両手を握り締めて。


「ミントが教えてくれたから。変えていける魔法があることを」


 魔法?

 なんの話だ?

 ミントがどうとか……どうせ、漫画かゲームで見たことを言ってるんだろ。


「結城君が僕を嫌うならそれでいいよ。だけど僕は……友達になれればいいなって思ってる。結城君を待ってる時、雅先生は言ってくれたんだ。『難しいことも大変なことも、いつか笑い話になる時がくる。笑い合える繋がりをみんなに作ってほしい』って。何も出来なかった僕が、何かを変えていけるきっかけになるなら。僕は……ミントを信じる」


 日向は僕から離れ階段を昇っていく。振り向きもせずゆっくりと。距離を持ってあとを追いながら、日向が言ったことを頭の中で繰り返す。

 ミントという名前を日向は強く呟いた。信じるって……ミントは何者なんだ。架空の存在ものなのか違うのか。魔法なんてありもしないことを言うなんて。


「先生の話はいいとして、よくわからない話をするんだな」

「ごめん、ミントは洋菓子屋の店主を務めてるんだ。結城君は知ってるかな。桜宮商店街にあるお店……来夢っていうんだけど」

「来夢?」


 なんの冗談だよ。

 興味を持った店を、日向が知ってるなんて。

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