第2話
あの日以来、母さんと一緒に何度か行った来夢。母さんの目的はシフォンケーキとバウムクーヘン、僕の目的は魔法のことでミントと話すこと。魔法の世界はどんな場所なのか、ミントとココの他にどんな住人がいるのかを知りたかった。
だけど、母さんや買い物に来る人達が気になって話を切りだせなかった僕。
「大地君、ミント様と話したいことがあるんじゃない?」
ココは僕を気にかけてくれたけどミントときたら。
「キリンをイメージしたケーキはどうでしょう。チョコレートの目と赤いゼリーの頬っぺ。問題は長いケーキを何個お店に置けるのか……ということですが」
「ココ、ここにあった木こりのケーキは……いえ、駄洒落なんて言ってませんよ。ここにあるのはココが作ったゼリー……ぷっ、はははっ」
本気なのかふざけてるのかわからないことを言っては笑っていた。ケーキを作ってくれただけのヘンテコな魔法使い。
ミントの息子モカ。
あの子がミントのこと教えてくれればいいんだけど……
「ねぇねぇ、授業が始まる前のビックニュース‼︎」
教室に響いた声に顔を上げた。
声の主は学級委員長に選ばれた
「このクラスに転校生が来るよ‼︎ 男の子みたい」
ざわめく教室の中、佐倉は嬉しそうに笑う。
佐倉はみんなの真ん中にいたいみたいだ。友達といる時も授業中もホームルームの話し合いでも。だから学級委員長を決める時もすぐに手を上げていた。
「ありすちゃん、それほんと?」
話に飛びついたのは副委員長の
「職員室の前を通った時先生の声が聞こえたんだ。新学期早々の転校生なんて珍しいけど」
授業の始まりを告げるチャイムの音。すぐに戸が開いて雅先生が入ってきた。
「おはよう。みんなに知らせが……と言いたいところだが、佐倉に先を越されたみたいだな」
『えへへ』と笑う佐倉と、『来るのは明日だが』と言いながら黒板に名前を書きだした雅先生。
「……
書かれた名前を呟いた時、振り向いた雅先生と目が合った。雅先生は美人だし見られるだけでドキドキする。
「先生、私とまなかが結城君に色々教えればいいですか?」
「それなんだが佐倉、転校生のサポートは別の子に任せようと思ってるんだ」
雅先生の返答に佐倉が固まったように見えた。委員長としてはりきってるのはわかるけど、サポートなんて任されたいのかな。どんな子かわからないし、木戸は不安そうに佐倉を見てるけど。
「誰にですか? 私とまなかがすることだと思いますけど」
「彼に任せようと思う。日向大地君」
僕?
今、僕って言った?
みんなに見られて恥ずかしいんだけど、なんで……僕が選ばれたんだろう。
「先生っ、どうして日向君なんですか?」
大声を出す佐倉と教室に広がるざわめき。
僕を見る佐倉の目、なんか怖いんだけど。
「
「僕は……えっと」
そんなことしたくない。
断ったほうがいいのかな。
だけど雅先生を怒らせたくないし……どうしたらいいんだろう。
「日向君、嫌なら言ったほうがいいよ」
「まなかの言うとおりよ。私、ぐずぐずしてる子大っ嫌い」
「そんな、言いすぎだよありすちゃん」
「サポートと言っても難しく考えなくていい。結城君にとって日向君が、このクラスで最初に出来る友達ということだよ」
「友達?」
小学生の時も中学生になった今も、僕には友達だって言える子がいない。挨拶のあと黙っちゃう僕は、たぶん……みんなにつきあいにくいって思われてる。
結城翼。
どんな子かわからないけど、僕が関わってもいいのかな。
「もう一度聞こう。日向君、引き受けてくれるかな?」
友達。
ひとりでも、友達だって呼べる子が出来るなら。
「……っ」
答えるのが恥ずかしい。
少しだけうなづいたら、雅先生は気づいて笑ってくれた。
「決まりだな。佐倉、日向君が困った時には相談役を頼む」
僕を見たまま頬っぺを膨らませる佐倉。困ったな、佐倉を怒らせるつもりなんてないのに。
逃げるように窓の外を見ると、マシュマロみたいな雲が並んでいる。今頃人の姿になってミントが作ったご飯を食べてるのかな……モカの奴。
モカに出会ったのは小学校を卒業する前だった。
母さんが卒業祝いのケーキとシュークリームを受け取った時、僕は店の隅に立つ男の子に気づいた。
ミントと同じ銀色の髪。
ちっちゃな体と店を見回す大きな目。
「あの子はモカ君。ミント様の息子さんよ」
「ミントの?」
ミントに子供がいることに驚いた。
来夢で会うのはミントとココ、買い物に来る客だけだったし、ミントは自分のことを全然話さないから。
「ミント様はね大地君。お店を閉めたあと、お客様のことを楽しそうに話してるんだ。それで、モカ君は大地君に興味を持ったみたいなの。モカ君ひとりっ子だし、お兄ちゃんに憧れてるのかなぁ。モカ君、大地君とお話したら?」
ココに声をかけられ、顔を真っ赤にして首を振ったモカ。僕もココに背中を押されたけど何を話していいかわからなかった。
「さぁ、帰りましょう大地」
店から出る僕を見てたモカ。
あの時はモカが家にやって来るなんて考えもしなかった。
次の日、学校から帰った僕を出迎えたのは、母さんに抱っこされた1匹の黒うさぎ。
「おかえりなさい。大地、この子可愛いでしょう?」
母さんの弾む声と黒うさぎが背負った黄色いリュックサック。
「この子を預かってもらえないかミントさんに頼まれたの。名前はモカちゃんだそうよ」
「モカ?」
男の子と黒うさぎの名前が同じなのかと思った。リュックサックもお菓子が入ったミントのいたずら。そう思ったから驚かなかった僕だけど。
「ミントさん、大地にモカちゃんの世話をしてほしいみたい。預かったゲージは部屋に置いてあるけどいい?」
「いいけど、誰がうさぎを連れてきたの?」
「ココちゃんよ。ミントさんからお願いの電話があったから、ここの住所を教えたの」
モカを抱っこしたまま、母さんは僕を追って部屋に入ってきた。母さんの手から離れるなり、モカはクルクルと跳ねだして、背中のリュックサックががさがさと音を立てた。
「モカちゃんが落ち着いたらゲージに入れてあげて。私は晩御飯を作るから」
モカに変化が起きたのは、母さんが部屋から出たあとだった。
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