第3話

 宿題をやろうとした時、部屋に響いたボンッ‼︎ という大きな音。振り向いて見えたのは来夢で見かけた男の子。

 何が起きたのかわからなかった。

 いなくなった黒うさぎ。

 服を着始めた男の子とそばにあるベッド。リュックサックが大きくなってあったはずのゲージが消えた。


「なっなんで? リュック……ベッド⁉︎」

「驚かせてしまいましたね、大地君」


 突然現れたミントと、ミントに隠れるように僕を見た男の子。


「この子はモカ。ココから聞いてると思いますが僕の息子です」


 僕を見てミントは微笑んだ。


「見てのとおり臆病な子ですが、大地君と一緒にいれば強くなれるかと思いまして」

「なっ……うさぎは?」

「ご心配なく。モカの仮の姿ですよ、大地君がいない時にはですね」


 ボンッ‼︎


 大きな音を立てて、男の子が黒うさぎになった。同時に見えたのは小さくなったリュックサックと服。ベッドが消えてゲージが現れた。


「モカがうさぎになれば、お泊まりセットは小さくなりベッドもゲージに変わります。それと、モカには来夢に行き来できる鍵を渡しました。服はココが洗ってくれますし食べるものは僕が用意します。モカは僕が作ったものしか食べないので」


 モカの首元で光った金色のネックレス。すぐにわかったことだけど、それがモカに渡された鍵だ。


「余計なことかもしれませんが、トイレの心配もいりません。モカも大地君に見られるのは恥ずかしいでしょうし……ね?」


 ミントに答えるように、くるりと跳ねたモカ。


 あの日から始まった、僕とモカのヘンテコ同居生活。

 僕が学校にいる時には、モカは黒うさぎになってゲージの中で過ごす。学校から帰ると人の姿になってるけど、僕がいない時は何度も来夢に帰ってるんだろうな。


「晩御飯食べてくる。いい子にしてるんだよ、モカ」


 話しかけてもモカは答えない。

 臆病なのはわかるけど、黙ってる子と一緒にいるのはきまずいし、話してくれるようになればいいんだけどな。



「授業を始める前に宿題を集めようか。出席番号順にプリントを持っておいで」


 雅先生の声に続く椅子から立つ音。

 僕の出席番号は13。ノートに挟んでいたプリントを手に、12番の佐野拓也さのたくや君がプリントを持っていくのを待つ。


「日向君」


 前の席の子が話しかけてきた。

 田宮優奈たみやゆうなさん、三つ編みが似合う女の子だ。


「これ回ってきたよ。委員長からみたい」

「え?」


 渡されたのは小さく畳まれたメモ。ピンクのペンで日向君へって書かれてる。何が書いてあるのかな。なんか……嫌な予感がするんだけど。


 佐野君がプリントを持って歩いてる。メモをポケットにしまい佐野君を追うように歩きだした。プリントを受け取る雅先生と、渡し終え席に戻る生徒達。


「僕、数学苦手なんだよね。日向君は?」


 振り向くなり佐野君が話しかけてきた。話しかけられたのは初めてだけど人懐っこい笑みにつられ心が弾む。


「苦手。たぶん、答え間違ってる」

「うん、難しかったもんね」

「簡単なものを出すほど私は甘くない。ふたりともしっかり勉強しなさい」


 僕達を見て雅先生がぽつり。

 厳しいことを言ってるけど優しい人なんだと思う。新学期初日、みんなに配られた手書きのメッセージカード。色鉛筆で描かれた四つ葉のクローバーとよろしくのひとこと。


 佐野君が離れ雅先生に近づいた僕。プリントを渡した僕を前に雅先生が笑ってくれた。


「日向君、結城君のことよろしく頼む」

「あっ……はい」


 うなづきながら雅先生が言ったことを思いだした。僕が選ばれたのには理由わけがあるって。明日……結城君が来ればわかるっていうけどなんでなのか気になるな。


「雅先生」

「うん?」

「……あの」

「日向君っ」


 佐倉の声にびくりとする。

 振り向くと、僕を見るみんなと不安げに教室を見回す木戸が見えた。


「宿題を集めてるでしょ? 先生との話はあとにしてくれない?」

「……うん」


 雅先生に頭を下げ、慌てて自分の席に戻った。

 みんなに空気を読んでないって思われたかな。きまずさから逃げるように持ったのは佐倉からのメモ。みんなに見えないよう、机の下でこっそりとめくる。


「なんだこれ」


 めくるなり見えたあっかんべーの落書きと私の役目だったのに‼︎ という怒りの呟き。

 最初に決めたのは雅先生なのに、僕……いつまで怒られるんだろう。

 メモを丸めたもののここじゃ捨てられない。筆箱にしまって、みんながプリントを渡し終えるのを待つ。

 振り向いた佐野君がにっこり笑ってくれた。

 友達だって言える子がいなかった僕。

 話したのは少しだけど、佐野君のこと友達だと思っていいのかな。それに結城君……どんな子かわからないけど、僕がサポートに選ばれたことに意味があるなら。


 1年前の誕生日。

 ミントと話した時と同じ胸の高鳴り。それはたぶん、僕が僕を変えていく魔法の音だ。

 ミントは自分のことを話さない。だけどモカが家に来た日、ミントは教えてくれたんだ。


の魔法を知っていますか? 今をドキドキしながら楽しむことで、変えていけることがあるんですよ。大地君」









 次章【大地と翼】


 結城翼視点

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