第3話 ジュゲム王国の悪役令嬢
「君との婚約はここで破棄する!」
わたくしの前で異国から来た美少女を腰に抱きつつ、第一王子は声高らかに宣言しましたの。
異国の女性に心を奪われたという理由で王家と公爵家の間で取り決められた婚約を破棄することは、戒律の厳しいジュゲム王国でなくても道徳的にとても受け入れられるものではありませんわ。
でも、王子を始めこの場にいる全ての人々は第一王子に非難の眼差しを向けてはいませんでした。
たった今、幼少のみぎりから定められていた第一王子との婚約を破棄されたわたくしでさえ、第一王子を咎める気持ちはありませんでしたわ。
とはいえ、ここは礼節の国として周辺国からの尊敬を集めているジュゲム王国。形式的なものとはいえ、第一王子の行いについて問いただす必要はございます。そして、周囲の視線から察するにその役目を期待されているのはわたくしですわね。
(はぁ……。仕方ありませんね)
意を決してわたくしが顔を第一王子に向けると、周囲からホッと安堵のため息が聞こえてまいりました。誰であれ、第一王子を問いただすなんてマネは嫌でしょうから。
「では……」
「お、おう! 言いたいことがあるならさっさと言うがよい!」
わたくしは第一王子に一礼をして詰問を始めることにしました。諸侯の何人かは小さく拍手を送ってくださいました。
「それではお伺いしますわ。いくら異国の女性に心を奪われたとはいえ、まさに生まれ落ちたときから、寿限無寿限無五劫のすりきれ 海砂利水魚の水行末雲来末風来末 食う寝るところにすむところ やぶらこうじの ぶらこうじ パイポ パイポ パイポの シューリンガン シューリンガンの グーリンダイ グーリンダイの ポンポコピーのポンポコナーの 長久命の長助のチャールズ王子と婚約を交わしているわたくしに対して、事前に一言のご相談もなくこのような場で突然の婚約破棄を宣言なされるとは、寿限無寿限無五劫のすりきれ 海砂利水魚の水行末雲来末風来末 食う寝るところにすむところ やぶらこうじの ぶらこうじ パイポ パイポ パイポの シューリンガン シューリンガンの グーリンダイ グーリンダイの ポンポコピーのポンポコナーの 長久命の長助のチャールズ王子には常識というものがないのでしょうか」
「君がタチアナ嬢に行った数々の嫌がらせは、すべてわたしの耳に入っているぞ!」
「寿限無寿限無五劫のすりきれ 海砂利水魚の水行末雲来末風来末 食う寝るところにすむところ やぶらこうじの ぶらこうじ パイポ パイポ パイポの シューリンガン シューリンガンの グーリンダイ グーリンダイの ポンポコピーのポンポコナーの 長久命の長助のチャールズ王子! 本来この場は婚約発表のためのもので、諸侯もいらっしゃる公の場。であればジュゲムの礼節にのっとり『君』ではなく正式な名前を呼ばれるべきではありませんか」
「ぐっ。相手の正しい名前を最初から最後までキチンと省略せずに呼称するのは、確かに礼節の第一。すまなかった。だが婚約を破棄する意思に変わりはないぞ! 公爵家令嬢ク・リトル・リトル・フトゥグン・ニャン……ニャル……
……か、噛んでしまった」
王の間の片隅に控えていた神官がハリセンと呼ばれる礼節調教神具を持って第一王子の傍までくると、第一王子は嫌そうな顔をしながら神官に向けてお尻を突き出しました。
バッシーーーン!
ハリセンが第一王子のお尻に叩きつけられます。
「おうふっ!」
礼節の国ジュゲム王国では、相手の名前を正しく言えないと失礼に当たるということで、神官によってハリセンを受けることが習わしとなっています。これは王族でさえ例外ではないのですわ。
「痛った! 鋼芯入りのハリセン痛った!」
王国民へ模範を示す意味もあって、王族のハリセンにはすっごく太くて固いものが仕込まれていますの。
タチアナ嬢は王族へのハリセンを初めてみたのでしょうか、真っ青な顔になって額から脂汗を垂らしていますわ。そうです。王族に入るということは、このハリセンを全尻で受ける覚悟が問われるということですのよ。
もしかしてクール強気系イケメンの第一王子が、自分のお尻をサスサスしながら涙目になっているのを見るのも初めてだったのかしら。わたくしは子供のころから見慣れたものですけれど。
まぁ話に聞くことはあったとしても、王族のこのような姿を直接見る機会は学園ではまったくなかったでしょうから、ちょっと引き気味に第一王子から距離を取ってしまう気持ちはわからなくもないですわね。
「さっ、もう一度」
わたくしは無感情に言い放ちました。
「くっ……。婚約を破棄する意思に変わりはないぞ公爵家令嬢ク・リトル・リトル・フトゥグン・ニャン……ニャル……ニャンラト…………また噛んでしまった」
神官がしずしずと王子の背後に回り……
バッシーーーン!
またやり直し。こんなことが三度繰り返されましたわ。
そして四度目……
バッシーーーン!
「あふんっ!」
ちょっ、ちょっとなに艶めかしい声を出していますの!? 到達!? 到達しましたの? あの痛みの向こうにあると言われている伝説の快楽の園に到達したのですの!?
「くっ……。婚約を破棄する意思に変わりは……」
さすが第一王子、あの一撃をくらうと熊でさえ昏倒するというわれる鋼入りハリセンを二度受けてもなお挫けないとは。ここは変な趣味に目覚められてしまうまえに助け船を出しておくといたしましょう。
「待って。それ以上、おっしゃらないでください。その鋼のような意志……、確かに受け取りましたわ。婚約破棄を受け入れますわ」
「そ、そうか……」
「ええ。どうぞ、タチアナ嬢とお幸せになってくださいまし……」
「あっ、ありがとう。これでぼくたちは正式に結婚することができるよタチアナ……がいない?」
「あら? タチアナ嬢はどこかしら?」
「あの……」
ハリセンを持った神官がおずおずと申し述べました。
「タチアナ様はつい先ほど身を隠すようにして王の間を出ていかれましたが……」
それを聞いた第一王子ががっくりとうなだれその場にくずれ落ちました。どうやらタチアナ嬢はそのまま母国へとお戻りになられたようですわ。
「なんということだ……タチアニャ……」
「あっ!?」
「……噛んだ」
神官がしずしずと王子の背後に回り……
バッシーーーン!
「あっふーーーんっ!」
――――――
―――
―
その後……。
わたしとの婚約が破棄となり、フリーになった王子は貴族令嬢からの求婚に追い回される日々を送っていますわ。ご令嬢がみなハリセンを手にしているのは王子の新しい趣味に合わせているのか、それともご本人の性癖なのかは存じません。
ただ困ったことに……。
「もう! わたくしとの婚約は破棄となったはずですわ!」
「待ってくれ! 一番噛みやすい名前が君なんだ! 公爵家令嬢ク・リトル・リトル・フトゥグン・ニャン……ニャル……あっ、噛んじゃった!」
「どうして嬉しそうな顔してますの!?」
神官がツツっと王子の背後に忍び寄り……
バッシーーーン!
「あっふーーーんっ!」
……と、第一王子が声を上げると、
「キャァァァ! マジエロスゥゥ!」
……と、第一王子を追いかけまわしていた貴族令嬢たちからも嬌声があがりますの。こんなのが毎日、本当に心の底からうんざりなのですの。
「ニャン……あっ、また噛んじゃった!」
バッシーーーン!
「あっふーーーんっ!」
もうこの国はダメかもしれないですわ……。
世界の悪役令嬢 ~わたくしですわの物語~ 帝国妖異対策局 @teikokuyouitaisakukyoku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます