第2話 古代南米悪役令嬢

「ミトランクポテカリ! 君との婚約を破棄する!」


 雨の神ンカール・スラティテカへの雨乞い儀式の場で、チンコリポック第一王子がわたくしに向かって高らかに宣言しました。


 生贄の台座には、第一王子の心を掴んで庶民からのし上がった金髪の美少女フサマンゲが身体を横たえて、勝ち誇った表情でわたくしを見下ろしています。


「これまで君がフサマンゲに対して行ってきた数々な非道。そのすべてが太陽神ツルスベピカックの元に明らかとなっている!」


 チンコリポック第一王子の言葉にその場にいる各部族の酋長たちが動揺しております。儀式の場で神官を務めるべき王子の行いは異例中の異例であり、よほどの理由がなければ処罰されるのは王子の方です。


 それだけ自信があってのわたくしへの断罪なのでしょう。王子の表情には自らの正義に対する確信と威厳に満ち溢れておりました。


 確かに、わたくしは、庶民であるフサマンゲに対して厳しい態度をとり続けていたかもしれません。フサマンゲの美しさにチンコリポック第一王子の寵愛を受けることになったのも、無理からぬことと己に言い聞かせておりました。でも……


「あんまりでございます。このミトランクポテカリ、忠義をもって知られたるナイチチスキタルの娘として恥じ入るようなことは一切行っておりません! すべて冤罪ですわ!」


「嘘をつくな! 君がフサマンゲの暗殺を目論んでいたという証言だって出ているのだ!」


 すっかりとフサマンゲの虜にされた、我が弟アシフェチテカルが姉のわたくしを激しい言葉で糾弾します。


 それだけでなく、これまでわたくしが親友だと信じていた人たちまでもが非難のまなざしを向けてくるのです。


 もうここまで舞台が整ってしまっては、わたくしの潔白が証明される機会はないのでしょう。わたくしがため息をつくと、フサマンゲは石台の上から勝ち誇った笑顔を向けてきました。


 悔しさのあまりわたくしは唇を噛みしめます。目に怒りを滾らせてその場にいる全員を睨みつけてやりましたの。


「うっ!」


 チンコリポック第一王子を始め、その場にいたすべてのものが一瞬ですがわたくしの怒りに触れてたじろぎました。その機を逃さずわたくしは最後の演説をぶちかましましたの。


「わたくしは無実です! といっても、いまこの場でそれを信じる者はいないでしょう。王子の婚約破棄も甘んじて受け入れますわ。しかし、それでもわたくしは自分の無実を証明しなければなりません」


 突然の大声を上げたわたくしに圧倒され、皆が聞き入っています。


「父ナイチチスキタルから連なる父祖の名誉のために、わたくしは自らの潔白を証明するためも裁きの試練を受けたく思います」


 裁きの試練は、太陽神ツルスベピカックの宿るとされるピカック火山から燃える石を持ち帰ることができれば、その者に罪がないことが証明される試練です。この試練を受けた多くのものが山に救う火トカゲの餌となってしまうことで知られています。


 わたくしは涙を浮かべて絶叫しました。


「今この場より、わたくしはこの試練を受け、必ず生きて戻り我が潔白を証明いたします! 文句がある者があれば我が前に出よ!」


 その場において動く者は誰一人ありませんでした。


 わたくしが、チンコリポック第一王子とフサマンゲを睨みつけますと、二人の表情に一瞬恐怖が宿るのが見て取れました。


 高貴の出自たる誇りと威厳を損なうことのないよう、わたくしは堂々とした足取りでピカック火山に向かって一人歩き始めました。


 その後、ミトランクポテカリの姿を見たものはおらず、二度と王国へ戻ることもなかったのですわ。


―――――― 

―――

解説:雨の神ンカール・スラティテカは、王の第一子の婚約者を生贄に捧げる儀式を行うことで雨を降らすものと信じられていました。儀式は生贄の生きた心臓を捧げる残酷なものであったようです。


 ミトランクポテカリのその後については、王国より北方の地域で断片的な伝承が残されています。北方の地に逃れてそこで幸せに暮らしたとか、ピカック火山の火トカゲを手なずけて王国を攻め滅ぼしたとか、さまざまなバリエーションが存在しています。

 

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