第6話 ロブ6

 2年の月日が流れた。ロブは相変わらずDランクのままであり、仲間もCランクだったが、以前と違い仲間はCランクでも中堅どころの強さになっていた。ロブが予想した通り今ではアゴットとパークに対しての、1対1での戦闘はほぼ互角である。Cランクとして中堅どころの冒険者と互角に戦えるDランクの冒険者と言うのが異常なのだが、外部からはそうは見えない。寧ろCランクでも中堅どころになった”緋色の剣”の足をいつまで引っ張っているんだという陰口は日ましに強くなっていっていた。


 ある時ヒュートのところで何時ものように魔力を込めてると、ヒュートが相談を持ち掛けてきた。


「実は、長年の研究が実を結んでね。ここを畳もうと思っているんだ。王都にマジックアイテムを売って欲しいと言うお客さんがたくさんいてね。住居も王都に移そうと思う。そこで相談なんだけど、君がここを買う気はないかい?実は売ろうとしてたんだが、なかなか買い手がつかなくてね。ここの倉庫は全体がマジックアイテムになってるんだ。まあ、研究のための試作品だったから、稼働するのに無駄な魔力を使うし、無駄に大きいんだけどね。ただ、マジックアイテムと言う事を考えれば捨て値に近い金額だと思うんだけど、稼働できるだけの魔力がないから意味がないとか、稼働できてもその魔力を供給するだけの維持費がないとか、倉庫として使うには高すぎるとかで買い手がつかないんだよ。

 ロブは結構、冒険者としても稼いでる方だと聞くし、こうやって追加の仕事もしてるから買えるんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」


「ええっと。そもそもヒュートさんが何を研究していたか知りませんし、その倉庫がどういう物かも知らないんですけど・・・」


 錬金術師の研究内容など極秘中の極秘である。ヒュートも話さなかったし、ロブも聞くような真似はしなかった。


「ああ、すまない。説明不足だったね。もう完成品が出来たから秘密でも何でもないけど、温度を調節できるマジックアイテムさ。部屋に設置すれば快適な温度にできるし、専用の箱を作れば、物を冷やしたり、凍らせたりすることが出来るんだ。これで夏でもポミリワント山脈の山頂付近から氷を取ってこなくても、氷を手に入れることが出来るんだよ。最初は膨大な魔力が必要だったんだけどね。ようやく実用的なレベルにまで下げることが出来たんだよ」


 ヒュートはそう説明する。確かにそれなら貴族や、高級レストラン、高級宿にとって喉から手が出るほど欲しい物だろう。ヒュートは大儲けするに違いない。


「正直、もう使いようがないから、もっと値段を下げても良いんだけど、そうすると今から売り出す製品が安く買いたたかれる心配があるからね。かと言って初期の試作品とは言え、せっかく作ったものを壊して倉庫として売るのもいやだしね。そこでロブはどうかなと思って、稼働させるのに十分な魔力はあるし、倉庫で氷を作って売ったり、肉を保管しておいたりするだけでもそれなりに稼げると思うんだけどどうかな?」


 ロブは考える。使いようによってはかなり儲ける事が出来るかもしれない。


「値段はいくらですか?」


「直接取引するから30金貨だよ。ただ、私はロブの才能を買ってるからね、半額を払ってくれたら、残りは分割でも良いよ」


「少し考えさせてくれませんか」


「もちろんだとも」


 ロブにヒュートはそう答える。ロブのパーティーはCランクだけあってそこそこ稼いでいる。更に追加でヒュートの仕事を引き受けていたし、冒険者も辞めるつもりでいたので結構お金はためている。だがそれでも、貯め始めて3年程だ。5金貨ちょっとの資金しかない。

 冒険者をやめた後、ロブは先ず露店を開こうと思っていた。その為、同じ孤児院出身で、高級宿の”夜空の月亭”のレストランに弟子入りしたショガンに、料理の基礎を教わっていた。 流石にショガンと違い、きちんと弟子入りしている訳でもないので、店を構える程の腕があるとは思っていない。だが、露店なら十分やっていけるだけの腕は有ると思っていたし、ショガンなどは店を出しても高級料理じゃなければ十分じゃないか、とも言ってくれている。そして5金貨と言うのは、露店を出すにも、場所を借りて店を出すにも、十分な金額だった。

 

 ここにきて、ヒュートのこの提案である。夏場に氷を売ることが出来れば、かなり儲けることが出来るだろう。だが、後10金貨を貸してくれる当てがなかった。冒険者ギルドは多少は貸してくれるが、貸すのはあくまで冒険者に対してだけである。それも装備品や消耗品、治療費など、冒険に必要なものに限る。後は金貸しに借りることだが、10金貨を借りるだけの担保がないし、借りれたとしても金利は高額なものになるだろう。



 何時ものごとく、”腹ペコ穴熊亭”でロブたちはうちあげをやっていた。飲んでいる途中でアゴットがドンと大きな音を立ててジョッキをテーブルに叩きつける。


「何をうじうじ悩んでやがる!俺たちは命を預けあった仲間じゃねえのか?お前にとって俺達は相談するにも値しないのか?」


 ロブはビックリして他の仲間たちを見る。アゴットを除いたほかの3人も真剣なまなざしでロブを見ている。酔った感じは全くない。寧ろ変な言い逃れをしようものなら許さないと言ったような感じだ。ロブは観念して話し始める。


「俺は冒険者をやめようと思っている。お前達には悪いとは思っているが、もうこれは前から考えていた事だ。露店を出そうと思っていたんだが、知り合いの錬金術師から氷を作れるマジックアイテムの倉庫を買ってくれないか、と相談を受けたんだ。使いようによってはかなり儲けることが出来ると思う。だが、買うだけの資金がない。借りる当ても当然ない。俺は孤児だしな・・・」


「いくら足りないんだ?」


 アゴットが聞いてくる。多少なら貸すつもりがあるのだろう。だが足りないのは多少と言う金額ではない。


「10金貨だ」


 ロブは半分泣きそうな声で言う。パーティーを抜けると言う事も辛かったが、金の事で悩んでると仲間に言う事も辛かった。しかも仲間達は金額によっては貸そうと思っていたに違いない。だが、いくらCランクパーティーと言っても貸せるような金額ではない。仲間は自分を助けることが出来なかった事で、罪悪感を抱くかもしれない。そう思と自分が情けなくて辛くなる。

 仲間の顔を見るのが辛くて、いつの間にか下げていた頭を上げ、仲間たちを見ると皆笑っている。


「足りてよかったぜ。ここに15金貨ある。ギリギリじゃあ、やっていけないだろう。一応言っておくがこれは貸しじゃねえ。お前の将来に対する俺達の賭けだ。オッズはお前が稼ぐって方に1点賭けでで2倍だ。胴元はお前だな。俺達が賭けに負けたら当然支払わなくていい。だが、成功したら2倍の金額を払うんだ。悪い話じゃないだろう。後、条件がある。ララに結婚を申し込むんだ。成否は関係ねえ。ともかく申し込め。いいな!」


 そう言ってアゴットは革袋をドンとテーブルに置く。


「分かった。それなら俺も条件を付ける。5年以内だ。5年以内に稼げたらオッズは3倍だ。それ以外だと2倍だな」


 ここで言う言葉は、有難うでも、すまないでもない。成功を約束する言葉だ。ロブはそう言ってニヤリと笑う。


「それでこそリーダーってもんだぜ!前祝いだ、パーっと飲むか。ああ、ロブはダメだぜ。今すぐララの所に行くんだ。まあ、駄目だったら戻ってきな。その時にはとことん付き合ってやるからよ」


 そう言ってアゴットはロブを店から追い出す。


「兄ちゃん頑張れよ!」


 成り行きを見ていた客たちが、いい酒の肴が出来たとばかりに、ロブを応援する。



 ロブは孤児院に行き、ララを呼んでもらう。待ち合わせ場所は孤児院の横にある教会の中だ。正確に言えば教会の横に孤児院が併設されているのだが、それはどうでも良いことだろう。

 主神の夫婦神の像の前で、ロブはそわそわと待っていると、ララがやってくる。


「用は、なあに?」


 そう言ってほほ笑むララは、窓から入ってくる月の光に照らされ、まるで女神のように美しく見える。


「俺と結婚してくれ」


 色々言葉を考えていたのだが、それがすべて頭の中から消え去り、もっとも単純な、飾り気のない言葉が口に出る。


「勿論よ。やっと言ってくれたわね」


「ああいや、実はおれは!!!」


 ロブは自分が冒険者をやめる事。借金を背負って今まで誰もやった事のない商売を始める事。破産するリスクは低くない事などを説明しようとしたが、それを言う前に抱き付かれて口をララの口でふさがれてしまう。


「言い訳なんか聞きたくないわ。私は、あなたが結婚してくれと頼んで、勿論と答えたのよ。神様の前で。この先の事はあなただけが考える事じゃないわ。私も一緒に考える事よ。これから先はあなた一人で歩んでいくんじゃないんだから」


 ララはロブから口を離すと、腰に手をやり、一気にまくし立てた。


「分かった。今日の決断を、絶対に後悔はさせない。絶対にだ!」


 そう言って、今度はロブの方から優しくララを抱きしめてキスをした。



 ロブとララの結婚式はささやかなものだった。”緋色の剣”のメンバー、孤児院の人々、ショガン、ヒュートと言ったメンバーだ。冒険者ギルドからも何人か来ていたが、受付嬢は1人も来ていない。何でも馬鹿にされ、笑われたので、ララが切れて喧嘩したらしい。

 ロブは神に誓う。自分は何者にもなれなかったかもしれない、だが、絶対にララと仲間達に、自分と出会った事を後悔させはしない。仮に神に逆らうことになっても、これは譲れない!


 それからロブは一生懸命働いた。先ずは氷の販路を広げる事からだ。水はわざわざ川から引かなくても、ロブの魔力できれいな水がたっぷり出せた。冷凍倉庫も非効率だが、もう冒険に出ないロブにとっては十分に維持できる魔力量だった。

 最初はショガンに頼んで”夜空の月亭”で試しに使ってもらう。素材が痛まないので評判は上々だった。

 次に魚を買い付けに行く時に氷を沢山いれた箱を持って行った。冷やせば鮮度が長持ちすることは、経験上、誰でも知っている。だが、その冷やす方法が今まではなかった。それを目の前で広げられては、その氷をどこで手に入れたのか聞きたくなるのは当然の事だろう。氷は段々と売れ始めた。更に凍らせれば王都に新鮮な魚を持って行っても十分な鮮度が保たれると、実証してみると今度は漁師にも売れ始めた。

 魚は肉と比べて傷みやすい。たが、ロブの店では何時でも新鮮な魚が食べられた。ロブの店の評判も上がっていった。

 そして、上に氷の塊を入れ、下に食材を入れて、開け閉めが簡単にできて、なおかつ密閉度が高い木の箱を発明した。凍るまで温度は下がらないが、その中に入れて置けば、かなりの間、肉も魚も新鮮なままだった。しかも、氷さえ補充すれば魔力はいらない。冷蔵箱と名付けたその箱は飛ぶように売れた。また冷蔵箱が普及するにつれて、氷もまた売り上げが伸びた。


 結婚してから5年後、ロブの店”緋色の湖畔亭”は、全員がBランクのゴールドランクのパーティー”緋色の剣”が貸し切っていた。その他にはショガンやヒュートなど結婚式に出ていたものも招待されている。


「酒も食い物もジャンジャン持ってこい!」


 アゴットが大きな声で叫ぶように言う。


「おう!俺が丹精込めて作った料理だ。食い残すんじゃねえぞ」


 ロブは威勢良く答える。そこにはどことなく仲間に負い目を感じていた頃の面影など、微塵もなかった。


「ロブは少し口が悪くなったんじゃないですかね」


 ケルンがそう言うと


「アゴットを見習えって言ったのはケルンだろうが」


 と直ぐにロブが答える。


「そんな昔のことをまだ覚えていたんですか・・・」


 そうケルンがぼやく


「ハハハッ、ケルンがこんなに簡単に1本取られるなんて、流石はロブだね」


 パークがおかしそうに笑う。ケルンは”緋色の剣”のリーダーとしてギルドでも一目置かれる存在だ。ケルンを言いくるめることが出来るものなど、そうはいない。


「まあ、まずこれを渡しておくぜ。賭けはお前たちの勝ちだ」


 そう言って、金貨が45枚入った革袋を置く。


 ”緋色の剣”のメンバーはその内36枚を受け取る。怪訝そうにしているロブに対してケルンは言う


「私達は賭けに勝って嬉しい限りですが、ロブは私達の賭け金では足りず、他の方から借りたようですね。その方がこの先どうするかを聞きたいですね」


 益々ロブは怪訝そうな顔になる。確かにヒュートには残りの金額を分割にしてもらったが、既に返し終わっている。

 ロブの横からすっと手が伸び、残りの9枚を取っていく。ララだった。


「結婚の申し込みの後、うじうじしだして、私からキスをさせたでしょう。お金は賭け金として貰うけど、女性にあんなことをさせるなんて、あれは大きな貸しよ。利子が膨らんだから、もうあなたが一生私を愛してくれない限りは許さないわ」


 ピューピューと口笛が鳴り響き、みんながはやし立てる。その日”緋色の湖畔亭”では笑い声が絶える事は無かった。




後書き

 如何でしたでしょうか。面白いとか続きが読みたいとか思われたらブックマークの登録や★を頂けると嬉しいです。現金な話ですが、やはりモチベーションが違いますので。ただ、★がもらえなかったからと言って、外伝をやめようと言う気はありせん。ただ、あくまで外伝ですので更新速度は遅いと思います。どうぞよろしくお願いします。一応本編のアドレスはhttps://kakuyomu.jp/works/16816452218556027201です。よろしくお願いします。

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