第2話 ロブ2

「依頼内容はオーガ1体の討伐だな。東の森の入り口で樵が徘徊しているのを見かけたそうだ。報酬は依頼書に書いてあった通り30銀貨だな。素材は自分達のものにしていいそうだから、実際の実入りは倒しさえすればもう少し上がる。森の入り口までが1日だから、遠くに行っていなけりゃ、悪くない金額だ。まあ、樵の仕事場に現れたんで金をケチってはいられなかったんだろうがな」


 ジクスは王都に付随する、所謂衛星都市として急速に発展している街であった。木材の需要に供給が追い付かないような状態である。樵の仕事に支障が出るような事態は一刻も早く解決しなければならない。と言っても、ジクスにいる兵士は街の守りと管理に置かれている者であって、モンスター退治に避ける程の人数はいない。そこで、冒険者の出番となるわけである。王都と違ってモンスターの徘徊する場所が近く、そこそこの人口規模があるジクスは冒険者の集まる街でもあった。


 基本的に冒険者の報酬は拘束日数×必要人数×冒険者ランクで相場が算出される。パーティーランクで決まるわけではない。逆に依頼内容や金額に応じて臨時にパーティーを組んだり、合同パーティーになったりする事もある。

 大体ではあるがHランクの冒険者が1日5銅貨、Gランクが10銅貨、Fランクが20銅貨、Dランクが50銅貨、Cランクが1銀貨と言ったところだ。これがBランクになると10銀貨、Aランクだと1金貨と言う具合に跳ね上がる。ちなみに兵士の給与が月に10銀貨~20銀貨である。

 それからすると、今回の依頼は破格とは言えないまでも、オーガが逃げていなければそれなりに割のいい仕事だった。運の要素が強いのが欠点ではあるが。


 オーガはCランクが1人以上いるCランクの3人以上のパーティーか、Dランクが5人以上のCランクパーティーがなんとか被害なしで倒せると言うレベルのモンスターだ。ここで言う被害なしとは勿論無傷と言う訳ではなく、深刻な傷を負うものや死人が出ないと言う意味である。”緋色の剣”ならば、発見さえすれば、楽にとは言わないまでも、普通に倒せるモンスターであった。


「では早速出発しよう」


 ロブの言葉と共に”緋色の剣”のメンバーは、直ぐに立ち上がり動き出す。まるで忌々しい場所から立ち去るようだった。


 夕刻になり森から5㎞程外れた地点までたどり着く。この辺りで今日は休んだ方がいだろうとロブは判断する。余りにも森に近いと森から飛び出したモンスターに対応出来ない可能性があるからだ。この距離なら鐘1つ分ぐらいで森の端まで着くので明日の探索には十分な時間が取れる。

 ロブは鍋に干し肉、通り道に生えていた食べられる植物、穀物を入れた後、骨の髄から作ったオリジナルの調味料を入れて混ぜあわせる。通常は川の近くでない限り贅沢に水は使えないのだが、”緋色の剣”はロブが低レベルの水を出す魔法なら使えるため、魔力にまかせてふんだんに水を使うことが出来た。冒険中に温かい食事がとれると言うのは贅沢なものだ。しかもロブは料理が美味かった。


「いつ食ってもこの雑炊はうめえな。ロブは冒険者を辞めてもこれで食っていけるんじゃないか」


 雑炊をかき込みながらアゴットが言う。


「私もそう思いますよ。この間の川魚の塩焼きも美味しかったですし、手際よくさばいた生のものもその辺の料理店には負けてませんでしたよ」

 ケルンもそう相槌を打つ。実際、冒険者をやめて、貯めてたお金で料理店を開くものは多い、だが潰れてしまうことが殆どだった。きちんと料理人の下で修業をしたものとは、腕が違ううえに、仕入れのコネを作るのも大変なのである。


「俺のやってるのは趣味みたいなもんだ。冒険中は美味しく感じるだろうが、ちゃんとした店の味には敵わないさ」


 ロブはそう言って自分の腕を否定する。実際レパートリーが多いわけではない。店をだしてやっていけるとはとても思えなかった。


 夕食が済むと、見張りの者を残して残りは眠る。毛布を下に引き、マントでくるまるだけで、快適とは程遠い寝方だ。だが、これで眠れないようなら、冒険者として長くやっていくことはできない。


「ロブ、交代だ」


「んん、ああ」


アゴットがロブの体をゆすり、眠りから起こす。魔法使いや僧侶は魔力を回復するために、連続で寝るのが効率がいい為、見張りは最初か最後にすることが多い。だが、ロブは魔力量も多い上にそれに応じて回復量も多い為、戦士と同じように途中で見張りをすることが多かった。

 ロブはアゴットが眠ってしまった後、夜空の月を見ながら考える。自分の冒険者のレベルはどんなに頑張ったところでCランクにはなれない。だが仲間はあと5年もすればBランクになれるだろう。

 今はまだCランクになったばかりで、仲間たちと自分に大きな差はない。実際自分の能力を駆使して仲間とは1対1だったら対等以上の戦いが出来ている。しかし、それも後せいぜい2年と言うところだろう、とロブは考えている。それぐらいたてば小手先の技では通用しなくなる。自分は仲間の中で最も弱い者になる。

 勿論仲間はだからと言ってロブを追い出したりはしないだろう。もしかしたらその時でもリーダーとして扱ってくれるかもしれない。だがそれは仲間の好意に縋った甘えだ。仲間がその力量にふさわしい依頼を受けれるようになった時、自分はきっとお荷物になる。本心から言えば荷物持ちでも良いから、今の仲間たちと一緒に冒険者として生きていきたい。だが同時に仲間たちの邪魔になるのは嫌だった。それにモンスターは人間のランクなど考慮しない。自分が死ぬのは怖いと言えば怖いが、それよりも怖いのは自分をかばって仲間が死ぬことだ。そうなったら自分は自分を許せないだろう。

 ふと、ララの笑顔が思い浮かぶ。2歳年下の彼女は自分を慕ってくれている。ロブが冒険者になった後を追うように、彼女も冒険者ギルドに入り、今や花形の受付嬢だ。Cランクになったなら彼女に結婚を申し込むつもりでいた。だが、その希望が叶う事は無い。将来性の無いDランク冒険者の結婚など受付嬢としては恥ずかしい事だと聞いている。実際ララには何人かCランクの冒険者がアタックしているらしい。今はまだ断ってるが、彼女も結婚適齢期だ。そういつまでも断り続けることはできないだろう。ただでさえ孤児院出身と言う事で結婚には不利なのだから。

 仲間の誰かと結婚してくれたらなぁ、とロブは思う。見も知らない男とララが結婚するのは正直見たくないが、仲間の誰かだったら、心から祝福できると思う。


「あと2年と言うところだな」


 ロブは独り言を呟く。あと2年でパーティーどころか冒険者を辞める気でいた。パーティーを抜けたところで、冒険者をやっていたら何となく気まずいだろうと思ったからだ。仲間たちは自分が抜けても4人パーティーとしてやっていけるだろう。だが、自分はDランクの冒険者として新しくパーティーの仲間を見つけなければならない。今以上の仲間が見つかるとは思えなかったし、仮に見つかったとしても、今の仲間に引け目を感じるようになるに違いない。

 考えれば考える程、胸が苦しくなる。だが、先ずは受けた依頼を一つずつ確実にこなしていかなければならない。死んだり大けがを負ってやめていくのが多い職業でもあるのだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る