第20話 ユクリアと危険な町⑤ ~盾へ~

 ユクリアの声が響くが、風で捕えた前方のモンスターに向けて盾を構える兵士たちには聞こえなかったようだ。

 横から突如姿を現した新手のモンスターは、兵士たちがその出現に気づくよりも早く、凶悪に伸びたツメを備えた前脚を振り被る。


 どうにかしなければという危機感のみが俺の頭を巡るが―――俺の《加護》は既に発動中で、スキルはこれ以上使うことができない。


 この突風を止めてしまえば、勢いを取り戻したモンスターの突撃が密集陣形を襲うだろう。それを彼らが耐えられる前提で考えても、左から障害物を破壊して現れたモンスターは距離が近すぎて、もし歩みを止められる程の突風を起こせばそれは兵士たちも一緒に吹き飛ばしてしまう。

 俺の持つ盾、槍、も役に立たない。もちろん通りの奥で隠れてグーサインを出していたユクリアもこの場面では頼れない。


 振りかぶられたモンスターの攻撃が兵士たちを襲うまでに、もう万策尽きてしまったと俺は諦めた。しかしそれは間違いであった。



 ―――危機に瀕した彼ら自身が、正解を導き出したのだ。



「はっ……!全員、盾へ向け!」


 新たな襲来に気付いた司令官兵が、間髪入れず号令を放った。


「「「応!」」」


 号令、呼応、回頭、一糸乱れぬこの行動は一瞬のうちに、同時に為される。

 前に構えられていたすべての盾は、まるで同じ糸で繋がっているみたく一斉に左―――つまり盾を持つ腕の側―――に向けられた。槍の穂先もシンクロして左を向く。

 モンスターの攻撃が彼らに到達するまでに、5人が4列……王国兵の言葉でいうと5列4段であった陣形は左向きになったことで4列5段へと変形した。


 その、準備万端な隊列に、勢いよくモンスターの前脚が襲う。鈍い風切り音を鳴らし、振り下ろされた鋭いツメは兵士の持つ盾に勢いよく突き刺さった。

 これでツメによって兵士たちの肉体が切り裂かれる未来は回避できたが……その攻撃の勢いは盾との衝撃で完全には相殺されない。突き刺さった盾ごと、その前脚に兵士たちは薙ぎ払われてしまった。


 兵士の鎧や槍同士がぶつかり合い、ガシャガシャと音を立てる。


「立て直せ!」


 装備やその身を、ふたたび地面に散らされた兵士たちは、それでも何とか陣形を元通りにしようとするが、続くモンスターの攻撃には間に合わない。


 盾を失った兵士たちに、モンスターの反対の脚が襲い掛かる。盾がなければそのツメを受け止めることは不可能だろう。


―――ゴゴゴゴゴゴ。


 万事休すか、と俺が悟ったその時、今度はこの通りを挟んでモンスターと反対の方向の建物が突如、崩れた。


 崩れたと云っても倒されたわけではなく、地面から生えた物体により根元から破壊されたのだ。

 石積みの城壁が、前触れもなく現れた。城壁の上には人影が一人分あった。


「これは、ブレウスの……!」


 こんな現象が起こるのは俺の知る限り一人の 《不死の勇者》の加護によるものだけだ。

 倒れた兵士たちもその城壁を見上げて、表情を明るくした。


「ギルド長の《防護の加護》だ……みんな、助かったな」


 そして先ほどの人影が、勢いよくモンスターの前に跳んだ。

 空中で燃えるような赤い髪がなびく。武器を持たず、赤く光る右腕を大きく後ろに引いたままモンスターの懐へと跳び込んでいく。 

 常人の4倍ほどの跳躍をしたその人物は、着地するかしないかの瞬間に、大きく引いた右腕を掛け声と共に勢いよく前に突き出した。


「鉄……血!」


―――ブシャアッ!


 彼女の拳とモンスターの前脚がぶつかり合い……前脚はこぶしが当たった部位から千切れ飛んだ。


「ふぅ―――」


 精神を落ち着けるように、彼女は息を深く吐いた。

 腕を吹き飛ばされたモンスターも、呼応するように咆哮をあげ、彼女に噛みつこうと一歩前へ出た。

 息を吐き終わった彼女の右腕は、真っ赤に光っている。モンスターの前進と同時に、彼女は姿勢を大きく下に落とした。


「鉄血!」


 落とした体から、彼女はアッパーをモンスターの顎に目掛けて繰り出し―――腕と同じようにモンスターの頭部を吹き飛び、ついにソレを倒すことに成功した。

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