第19話 ユクリアと危険な町 ④

『やっぱり助け、必要だったろ?』


 さっきまで絶体絶命だった兵士たちは、倒れたままこちらをみる。


「たすかった……」

「すごい《加護》だな」


 兵士たちは次々に俺に対する賛辞を口にした。ひさしぶりの勇者扱いで少し気分がいい。

 こう話している間にも、モンスターはこちらへ進もうと必死に手足を動かしているが、俺の起こす強風の前に一歩の前進もかなわない。


「なあ、やっぱり凄いよな?」


 突風を吹かせ続けながら、調子付いて兵士の一人にさらに問いかける。ウンウン、と頷いてくれるので俺は大満足だ。勇者と呼ばれていた時には《加護》を誇ったり、ひけらかしたりすることは全くなかったのだが、ギルドマスターに「ちょっと風を吹かすだけの雑魚」と呼ばれたことがまだ心の奥に引っかかっているようだ。

 そのモヤモヤを吹き飛ばすように、風も少し強くなる。

 そのまま風を吹かせ、兵士が体勢を整える時間を稼いだ。


 ―――そして、司令官だろう兵士があることに気付く。


「動けなくしたは良いが、ここからどうするんだ?」

「……」

「おい」

「……」


 俺は沈黙した。風の音だけが響く。

 後ろをちらりと見て、ユクリアが遠くで隠れていることを確認してから、俺は口を開いた。


「俺にもどうすればいいかわからない……」


 情けなくそう言うと、先ほどまで尊敬の目でこちらを見ていた兵士たちはいそいそと陣形を整え始めた。


「もしや勇者かと思ったが、違ったようだな」


 整列しなおし、密集陣形の右前方(この隊形において最も重要な位置)に立ちなおした、司令官が眉をひそめて言う。

 違うんだ―――と主張しようと思ったが、さらに言葉をつづける彼に遮られた。


「しかし勇者ギルド員だろう。助かった、王国兵として礼を言おう」


 そして右手を差し出してきた。俺も槍を地に突き立て握手に応じる。いまさら勇者だったことを告白する気にもなれず、笑顔を返した。

 握手をしながらユクリアを見ると、親指を立ててグーサインをしてくれている。ナイス!というメッセージなんだろう。

 そして、そのグーサインを返すために俺が握った手を離すと、また司令官率いる部隊全体は、そのまま風に囚われているモンスターの方に向きなおした。


「よし。突撃陣形、構え!」


 彼らはラキア王国兵、ほとんどがロクな《加護》を持たないかそもそも《加護》を受けておらず、訓練で鍛えた肉体と技術のみで戦う兵士たちだ。

 王国兵たちは国内の治安や防衛のために、王族に忠誠を誓う。なので人間と戦うための力は持っているが、モンスターと戦う術や能力は持ち合わせていない。

 そんな彼らが、人間離れした異能を持つ《不死の勇者》でも命の取り合いになるようなモンスターに対し、忠誠の下に、再び攻撃を仕掛けようとする姿はとても勇敢だった。

 しかし、俺は元 《不死の勇者》としてこういった光景を何度も見てきた。ギルドメンバーのモブや、王国兵がその勇敢さを発揮するときの結末を。

 それはタイムリープ前にみたラタイアイ平原や、この町での訓練で見たもので……。


「何か忘れてないか?」


 ふと、俺は気付く。このモンスターとの戦いで、すっかり注意を逸らしてしまった重大なことがあった。


「アレスさま!よこーーー!!!!!」


 その知覚が俺の脳内を駆け巡ったのと同時に、ユクリアの叫び声が聞こえた。


「やべえ……!」


 よこ、から建物が砕ける音がした。 


「ウグアァァァァァァ!」





 そして響く咆哮―――先程から意識の外にいた、もう1体のモンスターが現れたのだ。

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