第18話 ユクリアと危険な町 ③ ~ファランクス~

「グルルルアアァァ!」


 雄叫びと共に、通りの店をなぎ倒しながらモンスターがこちらに向かってくる。それに負けじと兵士も叫ぶ。


「密集陣形、構え!」


 5人4列に並んだ兵士たちが密集し、最前列の兵が盾を構えた。後ろの列の兵士はそれぞれ前の兵に体重をかけるように身体を接し、槍を逆手に掲げ、最前列の兵の盾の前に穂先を構えた。これは、この大陸の集団戦術である密集陣形―――ファランクス―――だ。

 しかし見たところ彼らは《加護》を持たない兵士……モンスターの突撃を耐えられる保証はない。あの密集陣形で1体の突撃を食い止めとしても、2体目を対処する手段はないだろう。


「アレスさま、あの人たちを助けてあげないんですか……?」


 ぷるぷると震えながらもユクリアは俺に言った。逃げようとか、どうするかとか云った考えより先に心配なのが彼らであることに、俺は心を打たれた。


「そんな訳ないだろ?助けてきてやるから、ユクリアは安全な所に隠れてな」


 実を言うとユクリアを抱えて逃げてやろうと思っていたのだが、こう言われては格好をつけるしかない。


「あ、その前に槍を2本出してくれ。盾もな」

「そうですよね……はい、アレスさま」


 ユクリアは手提げ鞄からスルスルと槍と盾を取り出した。それを受け取り、左手に盾と1本の槍を持ち、もう片方の手にも槍を握った。


「じゃあちょっと、人助けしてくるわ」


 ユクリアに向けてそう言うと「リピー」と小さくつぶやく。すると《加護》が発動し、俺の後ろから突風が巻き起こる。

 突風に煽られながら少しだけ助走を付けて跳ぶと、そのまま風に乗り、兵士たちの真横へと着地した。


「よお皆さん、助けは必要?」

「なんだお前は!邪魔だ!」


 兵士たちはこちらに一瞥もくれることなく言った。こんなに冷たくあしらわれるとは思わずショックだ。


「来るぞ!オオオ!」


 気付けばモンスターは目前まで迫ってきていた。そして次の瞬間、叫ぶ兵士のファランクスとモンスターが衝突した。

 ボコン―――と衝突の鈍い音が響く。兵士たちは大股数歩分くらいの幅を、一瞬で後ろへ押し込まれる。


「押せえ!」


 最初の衝突を防げたのは意外だった。そして兵士たちは力をこめ、一気に前へと踏み出てモンスターへぶつかった。


「突け!!!」


 モンスターに密着した兵士たちは、それから離れることなく一斉に槍を突き出した。

 モンスターの表皮に次々と槍が突き刺さり、血が吹き出る。

 そして、一瞬の静寂が訪れた。


「……グルアアァ!」


 その静寂はモンスターの咆哮によりかき消される。同時に、巨大な獣の外見をしているモンスターは、彼らの槍と彼ら自体を振り払うように、首を大きくしならせて、密集陣形にその頭を思い切りぶつけた。

 その攻撃だけでも、先ほどの衝突と同じくらいの衝撃音が響き―――兵士たちの陣形は崩れ、後ろへ倒れこんでしまった。モンスターは勝ち誇ったような咆哮を再び上げる。

 そしてトドメ、というようにモンスターは地に伏せた兵士たちに飛び掛かった。


「リピー」


 俺はここで再び《加護》を発動させた。もう言うまでもなく、加護の発動と共に突風が吹きすさぶ。しかし一つ変わって、今度は自分の背後からではなく、前方からの突風だ。

 兵士へ飛びかかろうと宙を舞っていたモンスターは、突風により飛び立った位置まで引き戻され、着地に失敗し、ゴロゴロと転がってゆく。



「やっぱり助け、必要だったろ?」



 モンスターを吹き飛ばして安心した俺は、横で転がっている兵士たちに言った。  

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