第8話 復活の《加護》の喪失

「アレスくんはそればっかりだね」


 こんどはニマニマとではなく、ふふ、と笑われた。


「そりゃあ《暴風の神》の《加護》を貰ったら、もう暴れるしかないじゃないですか」


 俺に与えられたのは《暴風の神》の力の一部で、巫女から授けられるスキルのなかでも神の能力はかなりレアなもの。

 戦いの中でも吹きすさぶ暴風は役に立たないわけがなく、俺はこの能力のおかげで《勇者ギルド》の火力担当でもあった。


「そうかなあ」


 巫女は首を傾げた。


「それどこか《勇者認定》までしたじゃないですか」


 そして、そういうレアなスキルが出た人間は、巫女から《勇者》として認定される。

 《勇者》として認定を受けたものは《復活の加護》を受けることができた。

 こういう仕組みで、ラキア王国では《勇者》が誕生していったのだ。


「まー確かに《勇者》には私がしちゃったね」


 巫女はまたニマニマとした口に戻った。


「だから《勇者ギルド》に入らざるを得なかったんですよ」

「それはちょっと違うと思うな」


 巫女は首を振った。


「別にすごいスキルがあってもなくても、何するかはアレスくんの自由だよ」

「それを巫女様が言いますか……」


 奔放な巫女だとは思っていたが、なかなか過激なセリフだと思った。

 もはやこの国では《加護》がある程度の地位を国民に与えていたし、戦いに使えるスキルを得たものは当然、戦いに従事するのが常識になっていたからだ。


「ボクはたまたまこの国に居るだけで、王様の部下でもないし」


 心を読まれた。巫女はラキア王国自体にはそんなにこだわりがないらしい。


「やめたかったら、やめていいんだよ」

「な……」


 巫女はちょっと近づいてきて言った。

 確かにスキルを与えられてから、当然のように《勇者》として戦ってきた。だからやりたくてやっているんじゃ無かったが、仲間も居るし、こんな適当な会話でやめるなんてありえない。


「困惑してるねえ~」

「からかい方が悪質ですよ」


 どうやら巫女はふざけていたらしく、よりニマニマとし始めた。

 まったくこの人は。いつも俺を弄んでくれる。


「あーでもボクはこんな話をしようと思ってたんじゃなくて」


 巫女の口角が下がった。


「なんか用事があったんですか」


 巫女様にはよくからかわれるが、まじめな話をすることは無い……から何の話だろうか。


「私は正直ね……この戦いにアレス君たちは勝てないと思うの」


 え?なんだって?

「なんかね、巫女としてのカンというか」

「不吉なこと言わないでくださいよ」


 突然何を言い出すんだこの人は。

「カンって何ですか。カンって」


 うーん、と巫女が唸った。


「神と人間を繋ぐものとしてね~、カンも大事なの」

「答えになってないですよ」


 ううーんと唸って、巫女はまたしばらく考え込んだ。

 ところで、なぜ巫女は突然こんな話をし始めたんだろう。

 《勇者ギルド》は数日後に来ると予想されている〈魔界の怪物〉たちの侵略に備え、すでに戦力を整えていた。

 今回の侵攻に対しては異例の〈全員徴集〉が行われ、すべてのギルドメンバーが武装し、いつでも出撃ができる状態が整えられた上で、街の外にキャンプが築かれていた。

 だから今更こんな話をしても、どうしようもないんだが。


「結局いつしても結果は変わらないんだけどね」

「確かにそうですね」

「でも一つだけ手段があるかもしれないの」


 手段とは何だろうか。この戦いに勝つ手段のことか?


「そう、この戦いに勝てるかもしれない方法ね」


 巫女は続けた。


「昔からの言い伝えに、《復活の加護》を受けた者がそれを放棄すると《加護》がさ

らに強化されるっていう話があるの」



 初耳だけど、これは巫女の一族で語り継がれでもしていたのだろうか。


「だから、アレスくんがこの戦いの前に《復活の加護》を失えば、もしかしたら人間

が勝利できるかもしれないの」


「その話は信じていいんですか」


 こくり、と巫女は頷いた。


「正直ボクも絶対にそうだと言い切れないから、この話はアレスくんにしかしてなくて」


 巫女は言いづらそうに話す。


「それって、俺だけ《復活の加護》を捨てろって意味ですよね」


 うん……と言って、そこから巫女が続けて話したのはこういった内容だった。


 《復活の加護》を放棄する言い伝えは100パーセント信じられないので、すべての《勇者》にそれをさせるわけにはいかない。そして俺のスキルは暴風を操り戦うことで、今居る《勇者》の中では一番強力なスキルに変わりそうだから、誰にこのお願いをしようかと考え抜いた末の答えが、俺だったらしい。


「いいですよ」

「えっ」


 話が終わってすぐそう答えると、心の読める巫女も驚いている様子だった。

 やはり思考を通さない発言はびっくりするんだな。


「うるさいな」

「何も言ってませんよ」

「でも、いいの?もう復活できなくなっちゃうんだよ?」


 提案した張本人が動揺していて微笑ましかった。


「いいんですよ、むしろずっと死ねずに戦うほうが疲れますから。あと、負けなきゃいいだけです」


 我ながらキザなセリフを言った。だか巫女は笑顔で答えてくれた。




「ありがとね」

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